第13話 最強と最強

「――椿姫さん、唾液は酸と同じ効果があります! 剣に付着すると、溶けるかもしれません!」

「承知した」


 椿姫と伊織は、人を助けながら崩壊したダンジョンの元へ向かっていった。

 魔物と戦う際に注意すべきは、独自の特質性である。

 初見殺しと呼ばれる多くの魔物には、ある種の必殺技を持ち合わせていた。

 

 自ら戦う事ができない伊織は、多くの知識を頭に詰め込んでいる。

 それを余すことなく椿姫に伝え、彼女もまた的確に応えていた。


「宮本流――飛天返しひてんがえし


 魔物の口から飛ばされた酸液を、剣を大きく振り、空気抵抗を使って弾き返す。

 己の酸で焼かれた魔物がひるんでいる隙に、椿姫は首を切断した。


 二人は配信していなかったが、多くの探索者が状況を伝える為に配信をしていた。

 その片隅で、大剣豪の姿を見たものがコメントしている。


 ”大剣豪、ちらっと映ってる。相変わらずすげえな”

 ”マジでヤバイ。今の『A級』魔物だろ?”

 ”配信なんでしないんだろう”

 ”準備してなかったんじゃないか。けど、次々他の配信に映りこんでる”

 ”同接が移り変わっていくのすげえ”


 ダンジョン崩壊時、目覚めし者アウェイカーの探索者たちも、当然ダンジョンの近くに住んでいた。

 あるものは剣を、またある者は盾を構えながら挑んでいく。

 椿姫や伊織のように向かってきているものもいた。


 だが戦況は過酷だった。

 敵もだが、守る者が多すぎるからだ。

 家と同じ大きさの魔物もいた。


 その一体が、椿姫たちの前に立ちはだかっている。

 一つ目、サイクロプスと呼ばれた個体種。

 崩壊したダンジョンの外に出ると、魔物は皮膚を焼かれたかのような痛みを感じる。

 理由は定かではなく、冷静さを失い、狂暴性は凄まじいものになっていた。


「椿姫さん、で、デカすぎます!?」

「――伊織、周囲の確認を頼む」


 椿姫は壁走りをしながら家の屋根に乗りうつる。魔物と同じ目線までたどり着くと、そのまま空を飛んだ。

 サイクロプスにとって、理外の動きだった。こん棒を振り回すも、椿姫には当たらない。


「グギャギャギオャッ!?」

「同じ目線に敵がきたのは初めてか?」


 椿姫と言えども、魔物は油断ならない相手である。

 鉄に似た肉体を持つ相手もいた。問答無用で一つ目を刺し、次に頸動脈を切り裂く。

 最後に心臓を狙って確実に息の根を止めた。


 すとっと地面に降り立つ。血油をぬぐうも、刃に視線を定める。


「……持つといいが」


 椿姫の持つ刀は叔父の形見で名刀である。 手入れは欠かしていないが、それでも不安があった。

 あまりにも、敵が硬すぎる・・・・


「――治癒ヒール。もう大丈夫です。真っ直ぐ後ろに走って、対振り向かないでくださいね」

「は、はい。あ、ありがとうございます!」


 伊織の能力は、受けた傷の深さ、時間によって魔力を消費する。

 再使用時間などの制限はないものの、これほどまでの連続での使用は初めてだった。


 多いときでも一日五回程度、それでも使えばフルマラソンほどの体力を消耗する。

 だが既に六回、伊織の疲労に椿姫は気づいていた。しかしそれについて言及はしない。。


「椿姫さん、行きましょう。ダンジョンが崩壊したあたりは、もうすぐです」

「ああ」


 椿姫は、またもや配信の片隅に映っていた。


 ”大剣豪がダンジョン近くまできてるぞ”

 ”ほんとだ。マジで動きみえねえんだな”

 ”今の一撃でも当たったら死ぬんじゃねえの!? 攻撃は高くても、身体は人間だろ!?”

 ”ダンジョン衣装っぽいし、多少は防御上がってるかも。でも、魔物の攻撃ヤバそう”

 ”全然魔物が減ってる気配がないな。探索協会の連中はまだかよ!?”

 ”編成して順次出発してるらしい。二次災害が出てしまったら大変だからな。その辺は政府との兼ね合いもありそう”

 ”仕方ないかもしれんけど、前線の人たちのためにも急いでほしい”


 ”大剣豪も、佐々木帆乃佳も凄い。けど、怪我を治してる治癒――伊織マジで凄くねえか? どれだけ魔力あるんだよ”



「――治癒ヒール――治癒ヒール――治癒ヒール――治癒ヒール――治癒ヒール


 伊織は、尋常じゃないほどの汗をかいていた。

 限界をとうに超えている。それでも、目の前の人をただ、助けたい。


 偽善でも何でもいい。正義でも、悪でも、何を言われても構わない。


 自分は、自分のしたい事をする。


 ダンジョンでソロをしていたのには、理由があった。

 それは、命を預ける事ができる仲間がいなかった事もあるが、誰かの命を預かり、預けることに不安があったからだ。

 1人なら、自己責任でいい。それが、楽だった。


 ただ過酷なダンジョン内で人助けをしていた伊織ですら、この状況が恐ろしかった。


 だがその死線を軽々超えていく存在が隣にいる。


「――宮本流」


 椿姫が、恐ろしいほどの速度と剣技で魔物を排除していた。

 魔物は回復魔法に異様に反応する。

 

 伊織は当然それを知っている。椿姫は本能でそれを理解していた。


「ハッァッ!」


 椿姫の活躍により、魔物はその数を大幅に減らしていた。

 そしてついに崩壊したダンジョンが目視できる場所に辿り着く。

 開けた場所、大きな公園。椿姫と伊織の視線に飛び込んできたのは、更なる脅威だった。


 先ほどまでのサイクロプスが数十体、更には飛行タイプに地層タイプの魔物まで。

 ザッとみただけでも、おそろしい数の魔物がそこにいた。


 当然、それだけではない。

 逃げ惑う人々がいる。守るべき人たちがいる。


「椿姫さん」

「――ああ、私が君を守る。安心してくれ」


 伊織が限界を超えているの、椿姫はわかっている。

 当然、伊織もわかっていた。いつか倒れてしまう。気絶してしまう。それでも、相棒を信じて。


 そのとき、探索者のドローンカメラから、声が聞こえた。


 ”もしかして大剣豪じゃね!?”

 ”マジだ。同じ場所にきてくれたああああああああ”

 ”うおおおおおおおおおおおお、頼む助けてあげてくれええええええええ”

 ”頼むうううううう”

 ”俺の家族が、頼む。大剣豪”

 ”ほの――”


 倒す。斬る。殺す。倒す。斬る。殺す。

 治癒。治癒。治癒。治癒。治癒。治癒。


 だがついに伊織が子供を助けているときにふっとよろめく。当然だが、椿姫はそれに気づく。

 慌てて助けに行こうとするも、飛行魔物が意思を持っているかのように統一した動きで、椿姫を狙ってきた。


 それでも椿姫は限界を超えた動きを見せる。

 面妖な鳥の魔物を無駄のない一撃で倒し、すぐさま駆ける。


「伊織、大丈夫か!?」

「……まだ、やれます」

「そうか、くれぐれも無理するな」

「……はい」


 伊織はぎりぎりで意識を保っていた。

 そしてその時、魔物が目の前に立った。


 だがそこで椿姫は見る。


 魔物の心臓に突然穴が開く。

 椿姫の前まで、長い刀が伸びてくる。

 そして、戻っていく。


 目覚めし者アウェイカーには様々な能力が存在する。

 魔法を放つもの、身体強化されるもの、特殊な武器を生み出すもの。


 そして魔物が倒れると、一人の女性探索者が姿を現した。


「あらあら、久しぶりねえ椿姫。元気にしていたかしら」


 黒髪の長い髪、白い肌、ゆったりとした声。


「――もしや、帆乃佳か?」

「覚えていてくれたの? 嬉しいわあ」

「忘れるわけがないだろう。その武器は、何だ?」

「うふふ、いいでしょう。あなたは思っていた通り、まだ古い時代のまま生きてるのね」


 椿姫のライバル――佐々木帆乃佳である。

 すると、帆乃佳の後ろのドローンカメラから、声がする。


 ”帆乃佳ちゃん、大剣豪と知り合いだったの!?”

 ”まさかの!? 大剣豪と帆乃佳が!?”

 ”マジかよ!?”

 ”大ニュースすぎるだろ”

 ”マジ!?”


 だがまだまだ魔物が現れる。椿姫は伊織の無事を確認し、移動すると、帆乃佳が付いてくる。


「――話は後だ」

「――話は後ね」


 それから二人は阿吽の呼吸で無双し始めた。

 多くの探索者を見てきた伊織ですら、その動きに目を奪われてしまう。


 それは、探索者も同じであった。


 まさに最強無双。


 ”つええ、この二人wwww”

 ”ヤバすぎる。今の動きは? は?”

 ”帆乃佳ちゃん、いつもより強くないか?”

 ”やばすぎるw”

 ”何この最強コンビ”


 敵を倒し続けて、その場が落ち着くと、助けられた人たちからの称賛の声が上がった。

 それを見ながら、二人はようやく一息だけつく。


「どう椿姫? 私の能力――」

「良い物干し竿だな。帆乃佳」


 すると椿姫の言葉で、帆乃佳の表情が切り替わる。

 お姉さんではなく、顔を赤くさせながら。


「も、物干し竿ですって!?」

「すまぬ、横文字は覚えられんのだ」


 ”物干し竿ww”

 ”確かにそうかもしれんww”

 ”軽口を叩きながら魔物を倒してるのすげえ”

 ”仲良さげだなww”

 ”物干し竿はワロタ”


「……でも、覚えていてくれて嬉しい」

「何か言ったか? 帆乃佳」

「な、なんでもないわ! ほら、まだまだ魔物来るわよ!」


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