第15話 愛が重いんじゃあ。

『宮本椿姫だ』

『……佐々木帆乃佳よ』

 

 私が初めて椿姫と出会ったのは、八歳の時だった。

 叔父のライバル、どこか冷たい目をしている、女の子。


 大したことない。弱そう。しかしそれは妄想に過ぎなかった。


「――宮本流」


 椿姫の剣技は凄まじかった。彼女と出会うまで、自分は最強だと思っていた。

 でも彼女こそが剣に愛されていると気づいた。


 とはいえ、椿姫が死ぬほどの努力しているのはすぐにわかった。

 己を自制し、全てを剣に捧げている姿を見て、嫉妬はしなくなった。


 やがて超えたいと思うよりも、傍にいたいという気持ちが強くなった。

 認めてほしいと思うようになった。


 椿姫の隣で、椿姫の横で、椿姫の相棒として。


 でも、彼女にとって私はどんな存在なのだろうか。


 私を、見てくれているのだろうか。


『椿姫、私と真剣で勝負してほしい』 

『いいだろう』


 この言葉を言うのに一か月かかった。私のすべてを、椿姫にぶつけたい。

 一時間前から待っていた。なのに、椿姫はいつまでたってもこなかった。


 真剣に思っていたのは、自分だけだったのだろう。


『すまぬ遅れて――』

『言い訳は聞きたくない。剣を、抜いて』


 冷静になれなかった。対等ではないとわかってしまった。

 結果は散々だった。圧倒的に……敗北した。


 叔父の都合で引っ越しをした。

 都会は綺麗だった。美味しい食事も、遊びも、観光も、何でもある。


 ただ、椿姫はいなかった。


 後に、椿姫が遅刻をした理由が、医者を呼ぶ為に一晩中走っていたことを知る。

 そうともしらず、せめてしまった自分を酷く憎んだ。


 疲れているはずの椿姫にも完全敗北したのだ。情けなくて、己を恨んだ。


 更に強くなろうとした。椿姫のように、椿姫がいつ現れても、胸を張れるように。


『佐々木さん、うちどうですか!? S級ギルドですよ!』

『いいや、大手に来てくれたら給料はずむよ!』

『それより、うちに!』


『私はどこにも所属しません』


 配信を始めた理由は、いつか椿姫に届くかもしれないと思ったからだ。

 大手やギルドには興味がない。


 そしてある日、手が光った。


 ――目覚めし者アウェイカー

 

 初めは卑怯だと思い使わなかった。しかし、それでも椿姫なら認めてくれるならと必死に練習し始めた。

 やがて知名度が上がっていく。

 ダンジョンが楽しい。視聴者が好きになった。応援してくれる人が、嬉しくなった。


 そして、見つけた。


『謎の大剣豪? 違うこれは――椿姫だ』


 見間違えるはずがない。椿姫が、こっちにきたんだ。


 いずれ必ず出会う。それまでに、強く、強く、強く、強く、認められたい。


 そして、椿姫と出会った。


 恐ろしいほど強くなっていた。

 震えるほどの剣技だった。


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。


 どう? 私は? 私の動きは? ねえ……椿姫。教えて?


 ただ一つ納得いかないことがある。


 なんで、なんで、なんで、なんで。


 ――相棒は――私じゃないの。


 私はずっと待っていたのに。あなたのことを。


 ……いや、私は負けたからだ。それで他人を憎むなんて。



 伊織さんの事は知っていた。人を助け配信をしている、優しくて、誠実で有名な人だった。


 他人ことを考えるのはやめよう。自分を、己を磨けばいい。


 震えるほどの魔物の数。それでも、椿姫は前を見つめていた。


 ああ、好き。好き好き好き好き好き好き。好き好き好き好き好き好き。


 ――大好き。


 そして私の目の前で――目覚めし者アウェイカーとして誕生した。


 やっぱり、椿姫は私と同じ。


 嬉しい。嬉しい嬉しい。


 でも、まだこれは言えない。


 あなたに勝つまで、私は――もっと、もっと頑張るから。


 見ててほしい。


 大好き、椿姫。


  ◇


 ”圧倒的だ。すげえ”

 ”二つの武器すごくね”

 ”これが、大剣豪の本当の実力なのか!?”

 ”やっぱり目覚めし者アウェイカーだったってこと?”

 ”いや、発動時のエフェクトだったから、今授かったんだろ”

 ”マジかよ。にしても、これはすさまじすぎる”


「……椿姫、凄い」


 帆乃佳の視線の先、椿姫はドラゴンの炎を回避しながら前へ進んでいた。

 そのまま皮膚を切り刻み、そして首を落とす。

 その後、残った魔物を根絶するべく、鬼人の如く凄まじい動きをしていた。

 残像すら見えないほどの動き。光剣と闇剣を繰り出していく。


 魔物は再生能力が高い。

 だが光の剣で倒されると、魔力が完全に消えていた。

 対して闇は、炎や魔法を切り裂いていた。その凄さに帆乃佳はすぐに気づく。


 ”二つの能力に目覚めることなんてあるのか”

 ”凄すぎる……”

 ”これが――”


 するとそこで、帆乃佳が配信を切った。

 同時接続は、増えていっていたが。


「あなたの姿は私が独り占めしたいわ」


 そして、最後の敵を椿姫が倒したとき、帆乃佳は微笑んだ。




「……これが、私の武器・・か」


 全てを駆逐しつくした後、椿姫の手から剣が消えていく。

 椿姫にとっては複雑でもあった。


 己の剣技を超えたかのような力。これが果たして、宮本流なのだろうか。

 だがそんなのは後でいい。ふと伊織に視線を向ける。帆乃佳が隣で付き添ってお入り、おいでと手をこまねいた。


「伊織さんは大丈夫。ゆっくり眠っているわ。探索協会の人も来てるし、もう終わりよ。お疲れ様」

「そうか。ありがとう帆乃佳」

「別にいいわよ。登録者数もかなり増えたしね」

「バズったのか?」

「え? そ、そうね。なんで、あなたそんな現代語を……? いや、それよりあなた今目覚めたの?」

「みたいだな。これが、果たして良いかどうか――」

「それもあなたの剣技だわ。じゃないと、私の立場もなくなるでしょ」

「……そうか。いや、凄かったな。その物干し――何でもない」

「聞こえてるわ」

 

 帆乃佳は、ふんと鼻を鳴らした。そして――。


「ねえ……なんでこの子と配信始めたの?」

「何がだ?」

「相棒は、なんでこの子になったの?」

「誘ってくれたのだ。学校が同じで――」

「それだけ!? たったそれだけで!?」

「そうだが?」


(……そんな理由だったの!? 私も言えば良かった。悲しい悲しい……ぐすん)


「そう言えば帆乃佳、傷はどうだ? その、耳の裏に……」

「ええ、まだあるわ。たまに痛むけど」

「すまぬ……」


 真剣で戦ったあの日、耳の裏に、小さな傷がついた。

 だがしかし、帆乃佳は――


(ふふふ、椿姫凄く心配してくれてる。いいのに。ふふふ、嬉しい嬉しい。椿姫に付けられた傷、嬉しい嬉しい)


 佐々木帆乃佳は、クソデカ感情を持つ女の子だった。


 そうとも知らず椿姫はずっと嫌われていると思っていた。実際は真逆である。

 探索協会が来てからは殲滅戦が始まり、すべてが終わった。


 伊織が帆乃佳に頭を下げる。


「ありがとうございます。佐々木さん」

「……別にいいわ。あなたもありがとうね。多くの人が救われた」


 それはそれ、これはこれ、感情をぶつけないのが、帆乃佳の良い所である。


「椿姫それじゃあまた――」

「帆乃佳、また会おう」


(また会おう!? ……嬉しい。好き好き好き好き好き好き好き好き。可愛い。可愛い。次っていつ?! 明日? 明後日!? いつ!? 今日の夜は!?)


「一応、みんなで連絡先を交換しておきましょうか。今回の件で何かあったら共有してもらうわ」

「いいだろう」


(やった嬉しい嬉しいいいいい椿姫の連絡先だ! いつ連絡しようかな。今日の夜? いやでも、明日の朝にしようかな……)


「次に会うときは、もっと可愛い女に――じゃない、強くなってるわよ、椿姫」

「望むところだ。我がライバルよ」


 鼻歌交じりに消えていく帆乃佳。それに、伊織が首をかしげる。


「帆乃佳さん、お歌うたっていませんでしたか? 気のせいかな」

「気のせいだろう」



 椿姫大好き帆乃佳。


 それを椿姫が知るのは、まだ、まだまだまだまだ、まだ先――である。


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