第10話 宮本椿姫のライバル

 世界中にダンジョンが登場するようになってからというもの、様々な専用アイテムが企業から開発された。

 目覚め者アウェイカーを補助するための武器や防具、配信映えする衣装、性能の良いカメラドローン。

 ダンジョンでの魔力補給や、即席栄養補給剤など。

 そしてそのほとんどが、都内の真ん中にある『ダンジョンショッピングモール』に揃っている。

 ここでは初心者講習や、ダンジョンをモチーフとしたイベントも常に行われており、探索者はもちろん、家族連れから学生まで大勢が楽しめる。


 キャッチフレーズは――『ダンジョンを日常に』


「凄いな。これだけの人を初めて見た」

「椿姫さん、人酔いは大丈夫ですか?」


 椿姫と伊織は、ダンモールの一階に足を踏み入れていた。

 既に多くの人で賑わっており、イベント用の風船が飛び交っている。


「今のところは問題ない。が、やはりこの短いスカートで出歩くのは恥ずかしいな」

 

 椿姫は制服姿だった。自身のスカートを見つめる。足が長いためか、折りたたんでいないにもかかわらず、ふとももが良く見える。

 そして腰にはいつもの剣を携えている。ダンジョンに行く予定があれば、申請することで帯刀が可能になる。

 反対に背が低い伊織のスカートは少し長く見えた。

 椿姫の白いふとももを見て「羨ましい」と呟いた伊織は、よしっ、と手を叩いた。


「まずはお洋服見ましょうか! ダンジョン用と私服、合わせて二着! いや、四着ぐらいは買いましょう!」

「お、おおっ!?」


 椿姫の手を引っ張り奥へと進んでいく。そして伊織は、椿姫の手のマメに気づく。

 ゴツゴツとしていて、彼女の凄まじい努力がわかった。


 反対に椿姫は、やわらかい伊織の手に驚いていた。

 これが、女の子の手か、と。


「椿姫さん――」

「伊織――」


 二人は同時に声をかけ、ふふふと笑う。先に話してくれと椿姫が言うが、伊織がお先にどうぞと答えた。


「夢物語だと思っていた。こうやって、お友達とお買い物に行くなんてな。実は……憧れてたんだ」

「え? 憧れですか?」

「ああ、叔父のことは師として、育ててくれた人として尊敬していた。だがこうやって気軽に話せる伊織の存在はありがたい」

「……とんでもないです。私も嬉しいし、楽しいです。椿姫さんには命も助けられ――」

「びえええええあん」


 するとそのとき、足元で小さな女の子が泣いていた。伊織がすぐさま駆け寄り、声をかける。

 空に向かって風船が飛んでいった。それに気づいた椿姫が壁に足かけてを空をかけあがっていく。


 体操選手を遥かに超える動きで風船をキャッチ、そのまま着地。

 それを見ていた一部の人から、拍手喝采。


「すげえ、今の動き見たか!?」

「探索者か? 能力か!? まるで鳥だったな」

「すげえ、サインもらおうかな。サイン。絶対すげえ人だ」


 照れた椿姫は、静かに頬を赤らめながら、風船を少女に渡す。


「気を付けるんだぞ」

「う、う、ありがとう。う、うぇええええええええん」

「な、ど、どうした!?」

「椿姫さん、ご両親とはぐれたみたいです」

「なるほど……」


 そして膝がすりむいていることに気づき治癒ヒールを付与した。


「ほら、痛い痛いの飛んでいくよ」

「……ほんとだ、痛くない」


 それを見ていた椿姫が、ふっと微笑む。


「さすが伊織だ。しかし、両親はどこだろうか」

「迷子センターがあるみたいなので、そこに連れていこうと思います。椿姫さん、ここで待っていてもらえますか? 多分、大変なので」

「大変?」


 椿姫も着いて行こうとしたが、直後、後ろを振り返ると、人が群がっていた。

 みんな、握手やサインをねだっている。


「……え」


   ◇


「ありがとうございます。ありがとうございます!」

「いえ、とんでもないです。それじゃあ、またね」

「お姉ちゃんありがとう! びょんびょんお姉ちゃんも、ありがとう!」


 伊織は、迷子センターで少女を送っていた。

 するとすぐご両親が現れたのだ。大変感謝されて、伊織も嬉しかった。


「……びょんびょんって、椿姫さんのことかな? にしても、凄かったなあ。でも早くスパッツぐらい買ってあげたいな……下着、見えそうだったし」


 どこにいても彼女は目立つなあと思い元の場所に戻ってみると、歓声が上がっていた。

 人だかりが出来ている。


 ……一体、何が?


 するとイベントが行われていることに気づく。


 垂れ幕には『魔物をモチーフとした疑似的な機械モンスター』と書かれていた。

 テレビで見たことがある。おもちゃの棒で的確に弱点を狙うのだが、動きが速すぎて一流の探索者でも倒せないものだ。


 企業的には技術力をアピールし、今後のダンジョン探索を機械で行っていくためのデモンストレーションだったが――。


「ど、どういうことだマークIIアルファ攻、立て、立つんだアルファアアアアアアアアアアア」


 伊織が辿り着くと、悲痛な叫び声が聞こえた。

 そこでは魔物をモチーフとした機械が、煙を吹きだして倒れている。


 そしてその前には、剣を構えた――宮本椿姫の姿があった。


「すげえ、今のみたか!? みえなかったよな!?」

「まるで剣豪だ。大剣豪だ!」

「探索者かな? なあ、名前を教えてくれよ」


 すると椿姫が、静かに振り返る。


「我の名前は宮本――」

「ひゃああっ!? な、なし、これなしでお願いします!?」


 伊織は椿姫の手を引っ張る。その場から退散した。


「椿姫さん!? リアルとダンジョンは分けないとダメですよ!? プライベート、なくなっちゃいますからね!?」

「す、すまぬ……」

「いえ、私、椿姫さんに怖い目に遭ってほしくないんです。強いのは知っていますが、何があるかわからないですから」

「……ありがとな。私にはやはり伊織がいないとダメだ」


 頭をぽんぽん、伊織は微笑んだ。

 少女を無事送り届けたことを説明し、服屋に向かいながら伊織が尋ねる。


「どうしてイベントに参加してたんですか?」

「ああ、これがもらえるとのことでな」


 その手には、モール全品9割引きと書かれているクーポンを持っていた。

 本日のみ有効と書かれている。


「少しでも負担を軽くしたかったんだ。だが、悪いな――」

「ありがとうございます。椿姫さん」


 伊織は思わず腕を強く掴んだ。椿姫の身体が伊織に偏るも、ふふふと微笑む。


 そしてとあるものが目に入り、椿姫は足を止めた。

 それは、一枚のポスターだった。

 ついに次のイベントに参戦・・と大きく書かれている。


 黒髪ロング、ぱっちりおめめ、とても綺麗女性が、長い剣を構えていた。


「……なぜ、ここに」

「どうしたんですか? 椿姫さん。――ああ、佐々木帆乃佳・・・さんですね。凄い有名ですよ。探索者としても『A』ランクだった気がします」

 

 伊織は、椿姫の表情がいつもより険しい事に気づく。


「もしかしてお知り合い……なんですか?」

「ああ、私の――ライバルだ」



 

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