第11話 大剣豪、いざ出陣

 ――佐々木帆乃佳。

 若干16歳ながら『A級』探索者の資格を持ち、数々の大手ギルドからの打診を受けるもどこにも所属はせず。

 五つのダンジョンを『単独』で制覇。去年行われた探索者剣術大会では、史上最年少で優勝を果たし、その試合すべてを圧倒的な実力差で勝利――。


「さすが帆乃佳だな。それほどまでに強くなっているとは」

「謎の大剣豪――つまりは椿姫さんが現れたときは、もしかして佐々木さんではないか? と噂されていました。配信もしていますし、本人も否定していたので、違うだろうと言われていましたが」

「そうか。知らずうちに迷惑をかけていたんだな」

「椿姫さんは、佐々木さんと連絡は取ってないんですか? その、ライバルっていうのは?」

「連絡をしようにも手段がない。そもそも、彼女・・は私の事が嫌いなんだ」

「……嫌い? 何かあったんですか?」


 伊織がおそるおそる尋ねると、椿姫は少し間をおいてから答える。


「帆乃佳は隣の集落に住んでいてな。私の叔父と、帆乃佳の叔父がライバルだったんだ。それもあって、私たちも同じように幼い頃から何度か剣を重ねた。それこそ、数えきれないほどに」

「そうなんですか!? 凄い、あの佐々木さんと、いや椿姫さんとも言えるけれど……そのこれを聞いていいのかわからないんですが、どちらがお強かったんです?」

「いつも僅差ではあるが私が勝っていた。本当に、わずかな差だったがな」

「僅差……。でも確かに、それじゃあ仲が悪くなるのも仕方ないですね」

「いや、それで嫌われたわけじゃない。むしろ帆乃佳は元気よく私に立ち向かってきていた。原因は……私の遅刻なんだ」

「え、遅刻ですか?」

「ある日、帆乃佳は家の都合で引っ越しが決まり都会に出ることになった。その前に、真剣で勝負をしようとなったのだ」

「真剣? いつもは真剣じゃなかったってことですか?」

「いや、真剣とは、本物の刀のことだ」

「ええ!? それって……危なくないですか!?」

「そうだな。だが、剣の道というのは危険を伴う。とはいえ、やめておけばよかった。最悪なことに私は、その日に限って遅刻をしてしまった。遅れてきたことを彼女は快く思っていなかった。そのまま勝負が始まり……結果を言えば私が勝った。彼女はいつも冷静だったのだが、その日は感情が高ぶっていた。私のせいだ。そして怪我をさせてしまった。私が――未熟だった。それから、彼女とは口もきくことがなくなり、やがて集落を去っていった」


 いつもは明るい口調の椿姫も、今回ばかりは覇気がなかった。

 それに気づいた伊織が、静かに言葉を返す。


「そうだったんですね……。それは、悲しいですね」

「ああ、いつかすまないと謝りたい。彼女が、それを許してくれるとは思えないが」

「……きっと、わかってくれる日がきますよ。もしかしたらもう許してくれてるかもしれませんよ。初めてのお友達は、きっと佐々木さんかもしれません」

「そうか。そうだといいんだがな。ありがとう伊織。それと……話しが変わって悪いのだが……その……一応……完了・・したが」

「あ、できました? じゃあ、空けますね」


 シャアッと音を響かせながら、伊織がカーテンを開く。

 二人が話していたのは、隣同士の試着室だった。

 そこには、いつもの袴ではなく、ピンク色の下着を身に着けている椿姫が、恥ずかしそうに立っていた。

 白いふともも、豊満な胸に鍛えられた肉体美、あまりの綺麗さに、伊織が驚く。


「ど、どうした!? やはりその、似合わないよな――」

「可愛いです! 凄く可愛いですよ! 綺麗すぎて見惚れてしまっていただけですよ!」

「そ、そうか、そうなのか……? 良いのか……?」


 椿姫はあまりの恥ずかしさに顔を背ける。鏡に映る自分が、自分でないような感覚だった。

 しかし、少しだけ微笑んだ。


 今まで女の子らしさなど考えたことがなかった。

 だがしかし都会に出て来てからは、可愛らしい装いの女性を何度も見た。

 

 いくら剣が強くても、椿姫はまだ――16歳である。


 次に椿姫が着替えたのは、袴ではなく、ダンジョン用に作られた、へそ出し黒いトップスに、黒いショートパンツだった。

 髪は後ろに縛り、剣の邪魔をしない。かつ、配信映えするだろうと、伊織が選んだものだ。


 ふたたびカーテンをあけると、伊織がそれを見て拍手した。


「可愛いです! 髪を縛ると、案外別人に見えます。これでリアルバレもなさそうですね!」

「そ、そうか。少し、肌の面積が広いが気になるが……」

「綺麗ですから大丈夫ですよ!」

「ありがとう伊織。君がそういってくれるだけで、私は安心する。――そして、伊織も似合ってるぞ」


 伊織も新しい衣装に身を包んでいた。椿姫と対照的な白くてリボンのついているシャツとスカート。

 これもダンジョン用に作られたもので、魔力と調和して防御力が高まる。でもなぜか、スカート。もちろん、スパッツは履いている。


「この後、ダンジョンで配信もしますし、服はこのままで出ましょうか?」

「え、こ、この服でモール内を歩くのか!?」

「何か羽織ってもいいですけど、モール内には衣装を身に着けている人も多いので、気にしないと思いますよ」

「た、確かに色んな人がいたな」


 買物を済ませ、椿姫は背中を丸めながら外に出る。

 ただ注目されないであろうという伊織の予想とは大きく違った。


「あの二人、めちゃくちゃかわいくねえか!?」

「探索者だよな。配信してるのかな? 名前なんだろう……」

「俺もどっかで見たことあるような……しかし可愛い」


 多くの人から見られていることに気づいた伊織が、「ごめんなさい」と謝るも、椿姫は首を横に振って「気にするな」と彼女の頭を撫でた。

 それからいくつかの消耗品などを購入し、二人はチョコレートクレープを購入しながら外に出ようとしていた。


「美味しい。この世界に、こんなおいしいものが……」


 ――食は命の源だ。健康管理をしろ。だが、時には己を許すことも必要だ。


 あの時はわからなかった叔父の言葉。椿姫は、その答えを見つけたかのようだった。


 だがそのとき、大きな電光掲示板、普段はダンジョンのイベントや映像を流しているものが突然に切り替わる。

 現れたのは、有名な女性ニュースキャスターだった。


「なんだ? ん、緊急ニュース?」

「――ダンジョン、崩壊だと!?」

「これ、結構近くじゃねえか?」


『――速報です。突然に出現した新宿ダンジョンが崩壊しました! 繰り返します。ダンジョンが突然に崩壊しました!!!』

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