第9話 大剣豪とピンク色

「ねえ、謎の大剣豪凄くない? 生配信見てたんだけど」

「見た見た。かっこよかったよね。五味がBANされたのも気持ちよかったー」

「そういえば……あの黒子って、本当に伊織さんなのかな?」


 五味一派が迷惑行為によりアカウントが凍結された数日後、学校は謎の大剣豪の事で話題になっていた。

 また、横顔が明らかに女性だったことで、普段は声をあげない女子たちが騒いでいる。


 ただ当然、男たちの熱意はそれ以上だった。


「大剣豪、マジで可愛かったよなあ!」

「会いたい。サインもらいたい。握手したい」

「だよな。でもさ、……宮本流ってまさか」

「……それな?」


 そして男子学生たちの視線は、姿勢正しい宮本椿姫、そして藤崎伊織に注がれていた。


「椿姫さん、私たちめっちゃ見られてますね」

「だな。これがバズるということか。しかし、そんな凄いのか?」

「そうですね。一日で100万人を超えましたし、まだ増えてますから、前代未聞ですよ。これ、みてみてください」


 ネットでは、既にニュースになっている。伊織が、それを椿姫にみせる。


『大剣豪、宮本流の子孫!?』

『世界最速登録者数100万突破』

『前代未聞の瞬間同時接続者数』

『剣技か、異能か、異世界人か』

『今話題の謎の大剣豪、表舞台に』


 さらにコメントでは――。


 ”大剣豪、配信まだですか!?”

 ”雑談でいいから配信してほしい”

 ”切り抜きちらっとみれたけどマジでかっこよすぎんか”

 ”頼む、配信してください”

 ”大剣豪おおおおおおお”


「宮本の名前が広がったのは嬉しいな。それと、配信を望んでいる人が多いんだな」

「椿姫さんが強すぎるからですよ。みんな、それがみたいんです」

「私なんて大したことない。叔父なら、指一本で魔物を倒していただろう」

 

 椿姫な真剣な表情に、伊織が嘘じゃないんだろうなと少し恐怖を覚える。

 すると椿姫が、突然立ち上がる。


「どうしたんですか?」

「私が剣豪だと伝えてくる。そして、バズらせてくれてありがとうと」


 ひそひそと話している生徒たちに向かって、椿姫が歩きだそうとするも、伊織が腕を掴んで止めた。


「ちょ、ちょっと待ちましょう!」

「どうした?」

「作戦的には成功ですが、公に認めるのはまだ早い気がします」

「そうなのか? なぜだ?」


 伊織は知っている。目立ちすぎると、周りから嫌味に取られることを。

 過去、ストーカー被害など危ない目にあったこともあった。ダンジョンとリアルは、できるだけ分けたほうがいい。

 それをうまく江戸と現代言葉を合わせて伝えた。侍にも、プライベートな時間は確保したほうがいいと。


「宮本流を広めるのは賛成です。でも、ちゃんと椿姫さんの時間も取れるようにしてほしいです」


 しかしその後、伊織は後悔した。

 あまりにも余計なことではないかと――。


「すいません。差し出がましいですよね。やっぱり、気にしないで――」

「ありがとう伊織」

「……え?」

「私の事を考えてくれたんだな。私は……剣には自信がある。だが世の中の事を知らないんだ。これからも色々と教えてほしい。自分の時間も確かに大事だ。正直に言うと都会に来て驚いた。人が多くて、街は賑やかで。でも、思っていたより楽しくもある。改めて、仲良くしてもらえるか」

「……えへへ、もちろんです!」


 思わず手を掴む伊織。それを見た男子生徒たちが、騒ぎ始める。


「お、おいあの二人出来てるのか!?」

「マジかよ、百合?」

「……ごちそうさまです」


 椿姫は、微笑みながら伊織の頭を撫でる。


「それに……また、食べたいからな」

「食べたい?」


 少し離れてから首をかしげる伊織。椿姫は頬を赤らめていた。


「……チョ、チョコレートパフェだ。もしバズりすぎて食べられなくなるとその……悲しい……」

 

 その赤面があまりにも可愛かったのか、伊織が抱き着いた。


「大丈夫です。これからどんながあっても、私が絶対に食べさせてあげますから! もう何だったら、作ります!」

「お、おお! ありがたい!」


 当然、男子は更に声を上げた。


「今度は抱き着いたぜ!?」

「マジかよ。ああ、たまらんなこれは」

「……ごちそうさまです」


 今度、手作りで剣のチョコレートを作ってあげますと伊織が伝えると、椿姫は興奮した。

 そして話はこれからのダンジョン配信について移り変わる。


「カメラの性能をもう少し上げないと椿姫さんがまったく映らないんですよね。これはまったくの想定外でした」

「よくわからないが、どうしたらいいのだろうか?」

「放課後、一緒にカメラを見に行きませんか? そこで、色々と調べようかと。あ、ついでにチョコレートパフェも食べます?」

「……た、食べたい」

「ふふふ、はい! それと、ダンジョンの衣装は袴のままで良いんですか? こだわりとかあるなら良いんですけど、配信だと、ちょっと動きが視えづらいかなって」

「特にこだわりはない。単に服がないだけだ」

「え? 服がない?」

「ああ、持っているのは寝間着のほかに、袴と制服だけでな」

「え? 普段着は?」

「袴だ」

 

 そ、そうなんだと返事をしながら、少し考え、伊織が、一つの提案をする。


「だったら、ダンジョンモールでそこで色々買いそろえませんか?」

「ダンジョンモール?」

「はい! 配信向けの衣装装備とか高性能なカメラとかもあるんですよ。そこなら、色々と探せると思います」

「ふむ、構わないがその……私はお金が……」

「あ、私が出しますよ! お金には、そんなに困ってなくて――」

「いや、それはダメだ。これ以上、伊織に甘えるわけにはいかない」

 

 椿姫の真剣な表情に伊織が気づく。

 しかし――。

 

「だったら、今後魔物を倒してもらえる討伐報奨金を私がもらってもいいですか? これなら一時的に、私が出すだけですし」

「ありがたいが……本当にいいのか?」

「はい! すぐに返せると思います。それなら気を遣わないですよね?」

「……そうだな。ありがとう、伊織」

「えへへ、気にしないでください! 椿姫さんはほんといい人ですよね」

「いや、それは伊織だ」

「え? 私がですか?」

「気配りができるのはもちろんだが、ダンジョンでの治癒ヒールも凄かった。私は戦うことしかできない。だが君は、人の心と身体を癒す事が出来る。それは、誰にもできないことだ」


 伊織は、自分にあまり価値がないと思っていた。

 今までのすべてを椿姫に肯定されたような気持ちになる。


 静かに微笑んでいると、椿姫が言う。


「だったら、伊織の服も黒子じゃないものにしよう」

「え? 私はいいですよ! アシスタントなので!」

「二人で始めたんだ。伊織も、皆に見てほしい。私の素敵なお友達だからな」

「……嬉しいです」


 伊織は、はにかみながら答えた。

 放課後、二人は電車を乗り継ぎ、道を歩いていた。

 そこで、何気なく伊織が言う。


「ついでに下着も買おうかな。そろそろ、新しいのが欲しいと思ったんですよね」

「…………」

「椿姫さん? どういました? 耳、凄く赤いですけど」

「ピンクは、侍にふさわしくない……か?」

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