第4話 大剣豪、初めてのお友達

 ダンジョンが誕生してから十年。

 初めはその危険性から政府が管轄していたが、特殊な力を兼ね備えた目覚めし者アウェイカーと呼ばれるものたちが現れてからは、個人での登頂が許されるようになった。

 そして伊織は、その一人である。


「――治癒ヒール。もう大丈夫です。こちらの帰還道具ポータルを使って、外に出てください」

「あ、ありがとうございます! え、で、でもこれめちゃくちゃ高価な――」

「気にしないでください。私は、配信で儲けてますから」


 藤崎・スカーレット・伊織を一言で表すならば『善人』である。

 世界でも稀な傷を癒す能力を持つ彼女は、配信をしながらダンジョンで困っている人を助けていた。


 ”伊織ちゃんの決め台詞キター”

 ”配信で儲けたお金は全部他人の為なんだよな”

 ”スパチャ受け取ってくれたらいいのに”

 ”でも、そういうところが好き”


 伊織が能力に目覚めたのは八歳。

 登頂を始めたのはわずか二年後、十歳である。


 ”なんで伊織ちゃんは、ずっと人助けしてるの?”


「……これは、私にしかできない事だと思うから」


 癒しの能力は万能ではない。時間が経過すればするほど傷を癒すことはできなくなる。

 また、重い病気を治すことはできない。

 戦闘能力に長けた探索者が多い中、彼女は知恵と勇気を振り絞りながら、単独で人々を助けていた。


 チームに誘われることもあるが、他人には理解してもらえないことはわかっていた。

 誰もが、人のために動くことはない。


 だがその姿は、多くの探索者に勇気を与えた。

 登録者数が100万人を超えたのは、多くの人が彼女のようになりたいと思ったからだ。


「……私も本当は強い探索者になりたい」


 ただし、彼女は悩んでいた。

 もっと強ければ、もっと強い能力ならば、多くの人を助けることができた。


 そんなとき、とある動画を見つける。


 ”すげえ、謎の大剣豪かっこええ”

 ”強すぎるww 残像しか見えないけど”

 ”何者だろう?”

 ”残像しかみえねえw”


 配信の片隅、謎の大剣豪と呼ばれる猛者が無双していた。

 自分も、この人のようになりたい。


 もっと、強くなりたい。


 誰の力も借りず、自分の力で。


 もし自分が強ければ、あの時・・・もきっと――。



「……ここどこ」


 ”最下層!? 伊織ちゃん、絶対動かないで”

 ”嘘でしょ……ヤバイヤバイヤバイ”

 ”帰還ポータルはさっき使ったのか……くそ”

 ”誰か、誰か”


 迷惑ダンtuberに追い回され、伊織は1人でダンジョンの最下層に堕ちる。

 1人では戦えない。彼女は、絶望の淵に立たされていた。


 だが――。


「大丈夫か? 立てるか?」


 そんな中、椿姫と出会う。

 自分とは真逆の、圧倒的な強さ。

 伊織は、自信の揺れる心臓と熱を帯びた頬が、何なのかわからなかった。



「名前、聞きそびれたなあ……」


 登校しながら、伊織は呟いた。

 いつもの登校。


 そして、宮本椿姫と出会った。


「な、な、な、な、な、な、な、大剣豪……」


 周りは伊織の声に気づかなかった。担任が椿姫に空いている席、窓際に座ってと伝える。


「かたじけない」


 時代劇? 明治時代? と周りがざわつくも、それ以上のツッコミはない。

 椿姫は、伊織の隣に座った。

 目と目が合う。


「あ、あの初めまして。藤崎・スカーレット・伊織です」

「……こここここここ、こんにちは。つ、つつつ、椿姫だ」


 椿姫はぎこちない笑顔で対応した。伊織は心の中で、「ニワトリの物まね? いや、それより私のこと覚えてないのか……」と落ち込んだが、すぐに思い出す。


 ダンジョンに入るとき、伊織は黒と白の専用の装いを着込んでいる。

 魔物に気づかれないように黒と白の上下。

 

 だから気づかれなくても仕方がない。

 ただそれとは関係なく、伊織は椿姫のチラリと白いふとももに気づく。

 あれほどまでに強いというのに、凄く女の子らしいと。


 HRが終えると、椿姫は大勢に取り囲まれた。

 伊織も配信者として有名だったが、過去にそれが他人の妬みを買い、面倒なことになったことがある。

 それからはわざと冷たくしたり、反応をしないようにした。それもあって、少し距離を置かれていた。

 

 椿姫は、同学年の質問に答えていく。


 Q:どこからきたの? 何してたの?

「岡山の田舎で生まれた。毎日山を走り回っていた」


 Q:好きな物は?

「好きなものは……けん――健康だ」


 Q:ラインやってる?

「ライン? 食べ物か?」

 

 Q:椿姫さんって可愛いね。

「……私はクマさんではない」


 昼休み、椿姫は逃げるように廊下に出た。伊織は気づけば彼女を追っていた。

 どこかつらそうに見えて、それが気になったのだ。


 校舎裏、椿姫は――突然止まると、天を仰いだ。


「……若人が多すぎる……ティックトックとはなんだ、インスタグラムとはなんだ……人と話すのは、難しいな」


 剣の道は厳しい。だが人と関わる道はもっと厳しい、椿姫は青空で叔父を想う。

 だがそのとき、後ろの気配に気づく。慌てて振り返ると、伊織が壁からはみ出ていた。


「……何用か」

「え、ええ、えええーと!?」


 椿姫は、自身が人の気配に気づかなかったことに驚いた。この距離で? ありえない。

 そして叔父が、暗殺者は気配を立つプロだと言っていたことを思い出す。


 ……可愛い顔をして、まさか、と思った瞬間、伊織は壁から飛び出て、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! そ、その! ……なんだかつらそうに見えて、それで心配で後をつけてしまいました」

「……そうだったのか。いやはや、すまなかった。こちらこそ、無礼な態度を取った非礼を詫びたい」


 同じく椿姫もペコリ、それを見て伊織は申し訳なくなり、手をばたばた。

 頭を上げてほしいと伝えた。


「その、大丈夫ですか? ご気分とか……悪くないですか?」

「……聞こえていたのか?」

「は、はい。すいません。でも、そうですよね。たくさん質問に答えるのは凄く疲れますよね」


 椿姫は他人の気持ちを理解するのが苦手だった。だがそれでも、伊織の優しさにすぐ気づく。

 そして嬉しくなった。


 そのとき、どこか見覚えがあることに気づく。


「もしかしてだが、ダンジョンで……」

「あ、そうです! 重ねて、ありがとうございました! 本当に……命を助けてくださって」

「己の剣のためにしただけだ。気にするな。あ、健康のためだ……」

「剣? 健康?」

「……ん、ええと、その……」


 椿姫は言葉を詰まらせた。剣については、叔父から外で大っぴらに言いすぎるなと言われていた。

 宮本の名を広めたいが、それはあくまでも学校の外で使用とも考えている。


 そのとき伊織は駆け寄り、椿姫の手を掴む。


「大丈夫ですよ。私は偏見なんてないですから」


 その瞬間、椿姫の頬が、その日一番緩んだ。



「なるほど、岡山の限界集落から来たんですね。宮本剣術を広める為にですか?」

「限界とは言ってないが。といっても、なかなかバズらせるのは難しい。――ん、どうした? なぜ固まっている?」

「あ、いえ!? 突然のバズという現代語に驚いただけですよ!?」

「そうか」


 椿姫は何の事かよくわかっていなかったが、とりあえず相槌を打った。


「しかし驚いたな。まさか藤崎姫がいるとは。――ん、どうした? なぜ固まっている?」

「い、いえ!? 突然の姫という言葉に驚いただけですよ!?」

「そうか」


 椿姫はちょっとだけ落ち込んだ。何が悪かったのか、わからなかった。

 そして次は伊織が口を開く。


「でも、もう一度会えて良かったです。私、椿姫さんとお話したいと思っていたので」

「そうなのか?」

「はい! お礼を伝えたかったのもそうですけど、凄く嬉しかったんです。ダンジョン内って、みんな自分に必死で、悲鳴が聞こえても助けたりはしないんですよ。剣のためっておっしゃってますけど、それでも、本当に凄いことです」

「情けは人の為ならず」

「え?」

「人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる。有名な言葉だとも知っているが、私にとっては叔父の教えだ」


 もちろん伊織もその言葉は知っていた。けれども、椿姫はそれをはっきりと言い放った。それが恰好良かった。


「とはいえ、誰かに感謝されるのは気持ちが良い。こちらこそありがとう」

「……とんでもないです。こちらこそ」


 その言葉に椿姫は静かに微笑み、そして少しだけ声をうわづらせながら、咳き込んで言う。


「こ、こちらこそだ。は、初めてのお友達・・・だからな」

  

 椿姫は頬を赤らめた。

 しかし伊織は、友達? え? と、頭を悩ませる。


 だがしかし、細かいことはすぐに吹っ飛んだ。嬉しさのあまり。


「は、はい! よ、よかったら一緒にご飯……食べませんか? お友達として良かったら、もっとお話とかしたいなって……」

「私と……か?」

「は、はい!」


 椿姫は喜んだ。


 ――友とは奇跡だ。大事にしろ。

 

 叔父の言葉が、頭に何度も響く。


「……こちらこそ、よろしく頼む。お友達よ」


 伊織は、椿姫と共に食堂へ向かった。


 椿姫は、生まれて初めてのスキップをした。


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