第5話 最速バズコンビ結成

 食堂に到着。券売機を前にして、椿姫はスカートのポケットに手をつっこんだ。

 じゃらじゃらと小銭を確認し、まったく足りないことに気づく。


 それを見た伊織が、不思議そうに尋ねる。


「もしかしてお金を忘れてきたんですか?」

「いや……全財産だ。ここが都会ということを忘れていた」


 椿姫はお金を使うことがほとんどない。

 家賃は親戚が叔父の遺産で払ってくれている。家にお金は置いてあるが、持ってくるの忘れてしまった。


 とはいえ、家には米がある。

 我慢もできなくないと思っていたら、伊織が、何が好きかと尋ねてきた。

 椿姫は不思議に思いながらも魚と答えると、魚定食Bランチのボタンが押され、プリントされた紙が排出。

 それを椿姫に手渡した。


「これは?」

「助けてくれたお礼です。これくらいはさせてください」

「自分の為にしただけで、礼など必要ない――」

「いえ、大丈夫です! ――お、お友達は貸し借りをつくらないものなんです」

「そうか。なら、ありがたく」


 お友達、との単語を出すと椿姫が笑顔になると気づいた伊織は、これは使えるかも、と少しだけ微笑んだ。

 伊織も同じ定食を頼み、窓際に座る。


 椿姫はとても綺麗な日本人らしい顔をしていた。ハーフの伊織にとっては羨ましくもあった。

 すると隣で学生たちが騒いでいる声が聞こえてくる。


「大剣豪、女だったらしいよ。今、大手配信会社が探してるんだって」

「探索者ギルドも躍起になってるらしいね。すぐ見つかりそう」

「めちゃくちゃ可愛かったよね。暗くてあまり見えなかったけど」

「動いてるときは残像で見えないけどな」


 それを聞いた伊織が、心臓をきゅんとさせる。

 この世界は綺麗ごとばかりではない。詐欺会社、過労なダンジョン仕事、悪質なギルドによって嫌な思い、潰された人は多く聞く。


 以前伊織も会社に所属していたが、面倒な事が多くてやめてしまった。

 椿姫は世間を知らない。何か、大変なことになる可能性もある。

 とはいえ、周りが放っておくとは思えない。


「いただきます」


 そんなことを考えていると、椿姫は丁寧な所作で魚を食し始めた。

 ほれぼれするほどの箸使い。伊織は、それを見ながら尋ねた。


「そういえば椿姫さん、バズりたいっていったけど、配信はいつしてるの?」

「歯いしん? なんだそれは? 藤崎姫は、歯が痛いのか?」

「え?」


 よくわからない返答に困惑する伊織。 そういえば、謎の大剣豪は配信をしていなかった。

 10分ほど質疑応答を繰り返し、ようやく椿姫が配信の意味を知り、それをしなければバズらないという事を知る。


「そんなものが必要なのか……だが私には不可能だな」


 椿姫は切手すら買うのに一時間かかったのだ。

 その話を聞いた伊織が、一つの提案をした。


「だったら、私が……配信の仕方を教えようか?」

「良いのか? 面倒ではないか?」

「お友達は、面倒だと思わないよ」

「……そうか。そして、バズるだろうか?」

「ええと、多分すぐバズるよ。でも、どうしてそんなにバズりたいの? というか、ある意味ではバズっているけど……あれ、私何回バズっていった?」

「四回だ。宮本剣術を世に知ってほしいからだ。叔父はとても立派だったのだが、とある事件に巻き込まれてしまい不名誉な名を付けられてしまった。私はそれを払拭したい。私自身が、叔父の唯一の形見だからな。そしてもう一つある。私はもっと剣を極めたい」

「十分強いと思うんだけど……」

「まだまだだ。叔父には到底及ばない」


 椿姫のただらなぬ決意。それを知った伊織が静かに頷いた。


「わかった。私に手伝わせてもらえないかな? 友達の夢は、私も応援したい」

「良いのか!? これがお友達……か。ありがたいな」

「えへへ、こちらこそ」

「ただ……それだけでは申し訳が立たない。私も、何か藤崎姫にとって良い影響を与えたい。何か、私が手伝える事があればいいのだが」

「……私はこれからもダンジョンで困っている人を助けたいの。でも、一人じゃ限界もあって……それを、手伝ってくれたら嬉しいな」

「もちろんだ。だが、その理由を尋ねていいか?」

 

 椿姫の問いかけに、伊織は少しだけ間をおいて答える。


「昔ね、私も助けられたことがあるの。その人みたいに、多くの人を助けられたらなって。でも、椿姫さんの言う通り自分の為にってことかも。ダメ……かな?」


 伊織が不安そうにしていると、椿姫が「任せてくれ」と言った。


「良い心がけだ。これからもよろしく頼む」


 二人は頷き、伊織はスマホを取り出して、配信用のアカウントを新規登録した。

 

 当然だが、登録者数ゼロ人。

 かたや、もう一つのアカウント、伊織のアカウントは100万人を超えていた。


 名前を広めるだけならゲストとして呼ぶことができる。

 しかし、もしかバズったとしても他人の力を借りたと思われて炎上する可能性がある。


 そしてたった一言、メインのSNSに休止しますと書き込んだ。


「今日、さっそくダンジョンに行きませんか? 二人で、配信をしながら」

「おお! 良いな! 楽しみだ! バズるだろうか?」

「どうでしょうか。でも、一日では難しいかもしれませんね」



 2人はまだ知らない。

 この日、たった一夜でこのアカウントは、史上最速で100万人を達成することになることを――。

 

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