第6話 探索者のお勉強

 授業が終わり、椿姫と伊織はさっそくダンジョン――ではなく、近所のショッピングモールに来ていた。

 フードコート、眼鏡をかけた伊織が、ノートを椿姫に見せている。


 そこには、探索者とは何か、ダンジョンとは何か、目覚めし者アウェイカーと書いてあった。


「つまりダンジョンとは現代における金鉱山でもあるのです。探索者は、言うなれば穴掘りをする人たちですね」

「なるほど、非常にわかりやすい説明だ。それで、目覚め者アウェイカーとは?」

目覚めし者アウェイカーとは、ダンジョンが現れてから超人的な能力を得た人たちのことです。ちなみに椿姫さんは、どんな能力を?」

「能力?」

「私は治癒ヒールや、人を守る力が使えます。たとえば、そうですね」

 

 すると伊織は、椿姫の腕に青あざを見つけた。それにそっと手を触れると、さあっと引いていく。


「凄いな……これが、そうなのか」

「大したことはありませんよ。炎を出したり、氷を出したり、もっと凄い人たちがいっぱいいますから。椿姫さんは、剣の能力ですか?」

「いや、私は何もないぞ?」

「え? 何も?」

「ああ、何もない」

「それであの魔物たちを倒したのですか!? S級魔物ばかりでしたよ!?」

「そうなのか?」

「……世界を見ても、椿姫さんほど強い人はいませんよ」

「たまたまだろう」


 たまたまではないと思う、と伊織が言いそうになって、ひとまず保留。

 次にダンジョンの詳しい話をした。


 ダンジョンはなぜか都会に密集している。それもあって、椿姫も存在を聞いた事があっても、実際に見たのはごく最近だった。

 魔物が人を苦しめている存在だということは知っていたが、ダンジョンが何たるかは知らなかった。

 そして伊織は、椿姫の説明を江戸風にしたり明治風にしたり大正風にすることによって知識を叩きこんでいた。


「あの二人、可愛すぎないか? THE・大和撫子と金髪碧眼って、マジかよ」

「ヤバい……でも、アイドルとかじゃないのか?」

「マジでかわいい」


 二人に気づいた人は何度も視線を送っていた。それに気づかない椿姫ではないが、すべて伊織の事だと思っていた。

 確かに綺麗な顔だと。

 伊織も椿姫が言われているのかと思っていた。凄く姿勢も良く、スタイルも良い、私にはないものだと。


「魔物を倒して得られるものは政府が買い取ってくれて、後日振込となります。税金を抜いた上で査定も入るので、個人で稼ぐには時間もかかりますが」

「なるほど。しかし我に金は必要ない」

「そんな気がしました。でも、美味しい食事代ぐらいは残してもいいのかなって思いますよ。お魚定食、凄く嬉しそうに食べてましたし」


 親戚に頼むこともできるが、それは申し訳ない。立て替えてもらったことを思い出し、椿姫は素直に頷く。

 そしてその時、少しだけ小腹が空いた。実は椿姫、米を五号ほど食べる。ちょっと足りなかった。

 しかし伊織の手前、そんなことは言えぬ。

 そのとき、隣の女子高生たちが、なんと椿姫にとっては喉から手が出るほど、いや、手から剣が出るほど欲しい物を食べていた。


「……あれは……とろけちゃうやつではないか」


 テレビのCM、増量中のチョコレートパフェ。

 思わずゴクリと喉が鳴る。だがしかし、首を横に振る。


「……すまぬが、菓子を食べても良いか?」

「え? かし? あ、お菓子ですね! はい! フードコートだし、私も何か食べようかな」


 椿姫はポケットに手を入れる。鞄などは持っていない。

 すると伊織は驚いた。椿姫が、何やら竹串のようなものを噛み始めたからだ。

 バリバリ、バリバリと。


「つ、椿姫さん何を食べてるんですか!?」

「菓子だ。うまいぞ」


 眉をひそめながら、伊織は考える。パンダ? え? 椿姫さんって、パンダ?

 じっくりみると、どこか見覚えがある。

 匂いをかがせてもらうと、それが『サトウキビ』だとわかった。


「これ、どうしたんですか?」

「私と叔父は小腹が空くとよくこれを食べていた。もう残り少ないがな」


 バリィ、メキィ! とかみ砕く音が聞こえる。

 隣の学生たちは、「何だあれ……新しいチュロスか?」と呟いていた。


「美味しいんですか?」

「甘いぞ。食べてみるか?」


 差し出された『サトウキビ』。伊織は勇気を出して一口食べる。


「……甘い」

「だろう。東京ではどこに生えている?」

「多分、ないと思いますけど……」

「……嘘だろう」


 椿姫はなくなるかもしれないと不安になり、ポケットにそのままつっこもうとしたが、伊織が一応と袋を手渡してくれた。


「かたじけない」

「いえ! ダンジョンについては、大方説明出来たかと思います。探索者の登録とかは済んでいるんですよね?」

「ああ、一応もらった。このプレートだろう」


 椿姫はまたもやポケットから取り出す。伊織は、四次元ポケットかな? と首を傾げた。

 探索者には階級がある。『F』から始まり、『S』に到達すると税金が大幅に激減される。それもあって、大勢がランク向上を目指す。

 伊織は『B』ランク、これは年齢とダンジョン登頂年数を考えると素晴らしく優秀だった。

 しかし伊織は、椿姫はすさまじいと思っていた。

 なのに――。


「え、『F』のままなんですか?」

「そうだな。年貢――いや、税については把握したが申請などしたことがないのだ」

「……そうか。魔物をスキャンしたりしてないんですね。それをしないと、討伐証明にならないですから」

「スキャン?」

「はい。プレートの裏を操作すると、こうやって光が出ますよね。討伐した後に魔物をスキャンするんです。それで、討伐報奨金などがもらえたり、ランクのポイントが上がるんですよ。椿姫さんは……してないですよね」

「もちろんだ」

「ま、まあこれからですね! 私が教えますので!」

「ありがたい」


 そのとき、椿姫のお腹がぐぅとなった。サトウキビを最後まで食べようかと考えていたら、伊織が立ち上がる。


「ダンジョンに向かう前ですし、チョコレートでも食べていきます? なんか増量中って書いてましたよ」


 それを聞いた瞬間、椿姫の心臓が震えた。


「どうしました? 椿姫さん」

「い、いや、な、何でもない! と、とろけちゃう……」

「とろけ? 何て言いました?」

「な、何でもない。そ、それより! た、食べていいのか?」

「私好きなんですよね。もしかして食べたことないんですか?」

「……ない」


 幼き頃からの夢。それが叶う? だがしかし、まだ剣の腕は未熟。

 そんなことを考えていると、いつのまにか伊織が、両手に一つずつ、手に持って現れた。


「はい。チョコレートパフェです。椿姫さん、ずっと考えこんできたので、買ってきちゃいました」

「ななななな、ななななな、まるで山のように積み重なっているではないか!?」

「マウンテンパフェともいうらしいですね」

 

 目の前にコトンと置かれるも、椿姫は手を出さなかった。いや、出せなかった。

 何だか、悪いことをしているみたいだからだ。


「お金はこの後のダンジョン分で賄えると思うので、遠慮せずに」

「……うむ」


 これを食べたら堕落しないだろうかと不安になりながら、友達の好意を無下にするわけにはいかない。

 そして夢が叶う。


「んっ、ひゃあ冷たくて美味しいです」

 

 チョコレートを頬張りながら笑みを浮かべる伊織。

 椿姫の鼻に、サトウキビよりも甘い匂いが香る。


 ……いざ、出陣。


 おそるおそる、チョコレートマウンテンのてっぺんをスプーンですくって、口に運んだ。

 次の瞬間、椿姫は――天井を仰ぐ。


「ん? どうしたんですか? 椿姫さん?」

「……何という、何という甘味だ」

「え? ど、どうしたんですか?」

「私が食べていた『サトウキビ』を遥かに凌駕する甘い物が、この世界に存在していたとはな……何という美味さだ……」

「た、多分もっとあると思いますよ!?」


 あまりの美味しさに悶絶し、項垂れる椿姫に、伊織は微笑んだ。

 純粋で、それでいて飾ることのない、真っ直ぐな椿姫。


 そして、何よりも強い。


 伊織は誰よりも強さを求めていた。それが、羨ましくもあった。


「む、なんか……一部欠けてないか?」

「あ、チョコレートマウンテン、早く食べないと溶けますよ」

「と、溶ける!? な、何という食べ物だ!? ポケットに入れられないのか!?」

「べちゃべちゃになって大変なことなりますね」

「そうか。なら食べよう。――いただきます」


 二度目の感謝をしながら、椿姫は満足げに食べきると、ふたたび頭を下げた。

 フードコートのトレーを片付ける際、椿姫は背筋を伸ばして、アイスクリーム屋で大きな声を上げた。


「大変美味しいチョコレートであった。この世の物とは思えないもので感動した。ありがとう、また食べにくる」

「は、はい!?」


 それを聞いたのは、バイト歴一か月の男子高校生だった。時給の割に忙しくてやめようかと思っていたときだった。

 しかし、自分のチョコレートで喜んだ人がいる。その事実を胸に、彼はバイトをやめなかった。それから十年後、彼はこれがきっかけでチョコレート会社を立ち上げるのだが、これはまた、別のお話である。



 食べ終えると、二人はダンジョンへ向かった。

 電車を乗り継ぎ、椿姫の長い脚を見て、伊織は思わず触りたくなるが我慢する。


 その前に椿姫の家に寄った。

 衣装と刀、それが必要だったからからだ。


 着替え終えた椿姫は鋭い眼光をしていた。


「カッコいいです。椿姫さん!」

「そうか。しかし伊織は制服でいくのか?」

「いえ、今回の為に衣装を用意しました!」

「ほう、楽しみだな」


 ふたたび足を動かし、辿り着いたときには既に夕刻。

 会社員との兼業も多く、既に大勢で賑わっていた。


 そしてそのとき、人一倍大きな声に気づく。


 茶髪の短髪が、スマホを片手に叫んでいた。


「んじゃ、今日も元気に五味五味、ゴミ♪ 迷惑っしていきまーあああーす!」


 ”マジで『五味』消えろ”

 ”こいつBANされるんだ”

 ”通報しました”

 ”なんでBANされないんだ?”


「なんだか目立っておるな。あやつは?」

「……彼は、『五味』と名乗っている、迷惑系ダンチューバーです。魔物を人になすりつけたり、狩りをしている人にインタビューを突然したりする、最低な人ですよ」


 そこで、伊織は言葉を詰まらせた。以前、最下層に飛んだのは、彼から逃げる為だった。

 あの時の恐怖が蘇る。すると椿姫が、そっと肩を抑えた。


「私がいれば恐怖などない。安心してくれ」

「……はい」

「そういえば着替えぬのか?」

「あ、いてきます!」


 ささっと厠に急ぐ伊織。しかし戻ってきたとき、あの椿姫ですら目を疑った。


「……い、伊織か?」

「はい!」

「どうしたのだ……?」

「これが、私の衣装です!」


 伊織は、黒い格好に身を包んでいた。それは暗殺者――ではなく、黒子と呼ばれるものだった。


「ほ、ほう?」

「あくまでも私は影、椿姫さんが光です! お互い、頑張りましょう!」


 流石の椿姫も面を食らう。しかし初めてのダンジョン、まだまだ先はこれから。

 

「しかし表情は見えるほうがいいな。顔のはとってくれぬか」

「え? は、はい!」

「ふむ、やはり綺麗な顔だ」

「え!? えへへ、えへへ」


 そして椿姫は迷惑ダンチューバーのことを想いだし、叔父の言葉を思い出す。


 ――他者に迷惑をかける輩は、断罪すべき。


「……ふむ」


 大剣豪、宮本流――椿姫、――黒子――藤崎・スカーレット・伊織。



 ――初めての、ダンジョン――配信である。



 

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