第37話 その女、XXXXにつき。
現役女子高生でありながら、個人ランク一位の称号を持つ天才である。
ダンジョン探索協会が公表しているランキングは、ギルドと個人で分かれている。
それは、魔物の討伐記録の『
短い期間ではあるが、椿姫は七位。タイに帆乃佳。
その下、九位に小倉。十位に伊織。
しかしながら上位の『DP』とは比べ物にならないほどの差が開いている。
通常『DP』によって個人戦闘能力は評価されないと言われていた。そもそも、戦闘に向いていない能力があるからだ。
しかし上位に限ってはそうではない。それがそのまま強さに直結されるともいわれている。
そしてランキング通り最強と名高いのが、この
「――その傲慢さ、後悔させてあげますよ」
柳生は、禍々しい魔力を纏わせながらまっすぐに駆けた。
普段受けに回ることのない椿姫は、思わず見惚れてしまう。
凄まじい速度でありながら、洗練された足運びに。
たったこれだけでも、たゆまぬ努力に気づく。
「――ハアッ!」
柳生は上段から椿姫を狙って刀を振り下ろした。
椿姫は魔力を伝わらせた木の棒で受けるつもりだった。しかし回避するしかないと気づく。
柳生の攻撃を受ければ破壊されるとわかったからだ。
つまり柳生は、椿姫にとって想定外の強さをこの攻撃だけで見せつけたのである。
半身で回避すると、椿姫が一歩だけ踏み込んだ。
「名は何という」
「――柳生、
柳生は名だけ答えると、剣を横から薙ぎ払う。しかし既に椿姫はおらず。
それは柳生にとっても驚きの速度だった。それからも距離を詰めて剣を振るも、当たらない。
回避に特化した
しかしどの相手もおそれを抱いていた。
なのに椿姫の目には恐れが一切ない。それどころか、微笑んでいる。
今まで相対したことのない相手だと、柳生は瞬時に理解した。
だが同時に怒りも湧いてくる。
「逃げているだけでは勝てませんよ!」
「――わかっている。だが柳生、其方は美しいな。まるで演舞のようだ」
椿姫にとっては最大の賛辞だが、柳生にとってはまるで赤子に声をかけている母親のように思えた。
「その余裕、消してあげますよ」
椿姫の言葉をきっかけに、柳生の速度が徐々に上がっていく。
完全に空を切っていたはずの剣尖が、椿姫の身体に近づいていく。
3ミリ、2ミリ、1ミリ――。
「――捕らえました」
椿姫の身体に攻撃が直撃する。木の棒では受けきれない威力。
選択肢はただ一つ。動画で見た
さあ、こいと、柳生は心の中で叫んだ。
しかし――。
「――嘘……でしょ」
その手に武器はあらず。
なんと椿姫は、右手だけで柳生の剣を受け止めていた。
片手の白刃取り。
だがそれだけじゃない。
左手に持っていた木の棒を柳生の首に触れさせていた。
これが真剣なら、既に勝敗は決している。
「
「……え?」
「これがもし並の使い手、いや、ただの強者ならばできなかった。柳生、其方は剣技が美しすぎる。ゆえに寸分の狂いもなく私に打ち込まれるとわかった」
椿姫は少しずつだが誘導していた。ここに打ち込めと体の軸をずらしながら。
そして柳生は、それを知らずに何度も攻撃を仕掛けていた。
神業。しかしそれは、柳生の技術だからこそなせた業でもある。
椿姫一人では成し遂げらなかった。
そして柳生は自身が弄ばれていることに憤慨――ではなく嬉しく思えた。
大剣豪がここまで強いだなんて。
柳生が笑う。見えなかった八重歯が出てくる。
「――嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい。――これでこそ、大剣豪です! なら私も、本気でいきますよ!」
「はっ、思っていた通りだ。――其方は、私と同じか」
次の瞬間、柳生は目にもとまらぬ速度で剣を振り始めた。
うってかわって、まるで野獣のような攻撃。
「――おもしろい、どちらの剣技もおもしろいぞ柳生」
柳生三葉は、柔と剛の性質を持ち合わせる不思議な女性だった。
いつもは冷静に、時には本能に身を任せられる。
その変化自在の攻撃が敵の理解を狂わす。
しかし椿姫にとっては、この上のない楽しい相手でもあった。
柳生の剣は椿姫に当たることはないが、椿姫も決定打を与えることができなかった。
夕暮れ時から夜になっていく。これ以上は危険だと判断した伊織が声を掛けようとしたとき、椿姫が魔力を漲らせた。
「――楽しいぞ柳生。――そしてすまなかった。私も礼儀を尽くそう」
椿姫も限界を悟ったのか。その手に出現させたのは、無限の光を放つ剣――そして深淵の如く闇の剣。
柳生は非常を崩し、おそろしいほど笑顔を見せる。
「――それでこそ大剣豪! それでこそ
「悪いが、これで終わりだ」
そして次の瞬間、柳生の意識は――そこで途絶えた。
――――
――
―
「――
柔らかな光が自身を温めてくれている。
柳生は目を覚ます。伊織が身体に触れていた。魔法で癒してくれているのがわかる。
「……私は」
最後の記憶、椿姫の二刀流。
「大剣豪――」
「だ、大丈夫か!? すまぬ、すまぬ!?」
「……え、どうしたんですか?」
「や、やりすぎてしまったのかと!? すまない!?」
まさかの椿姫の慌てぶりに柳生は思わず笑った。
「思っていたよりもおもしろい人ですね。気にしないでください。この程度は日常茶飯事ですし、あなたならわかるでしょう」
「……し、しかし」
「いいえ椿姫さん、やりすぎですよ。柳生さんはそういってますけど、反省してください」
「……はい」
伊織に怒られてしゅんとする椿姫。そのやり取りに柳生は微笑んだ。
ああ、二人は心から信頼しあっているんだと。
「もう大丈夫ですよ。伊織さんもありがとうございました」
スカートの砂を払って、柳生は立ち上がる。
白いふとももが、伊織の眼前へ。
見上げると下着が見えそうだったので顔をそむける。
「ま、まだ完全じゃないですよ!?」
「少しぐらい痛いほうが嬉しいです。――そのほうが、思い出せるので」
柳生の言葉に、椿姫は叔父を思い出す。
痛い、痛い、痛い。しかし痛みは成長の糧となる。
「柳生、其方は本当に
「……え?」
「椿姫さん、何を言っているんですか? 柳生さんは、掲示板を見て連絡をくれたんですよ?」
「柳生、其方はただ腕試しがしたかったのではないか」
不躾ともとれる質問に、伊織が慌てる。
しかし柳生は笑みを浮かべた。
「……何でもお見通しなんですね」
「え、柳生さん!?」
伊織が叫ぶも、柳生は続ける。
「実は
個人ランク一位の柳生がメンバーになればさらに知名度が上がる。
伊織は、椿姫の夢のために歓迎しようとしたが――。
「でも、今はまだ入れません。――宮本さんと決着がついたら、また話しさせてもらっていいですか」
「え、あ、そ、そうなんですね……」
「いつでも挑戦は受けるよ。其方とは、また戦いたい」
「ふふふ、楽しみです。今日は疲れたので帰ります。時間を使ってもらってありがとうございました。――伊織さん、今度戦いましょうね」
「はい! え、わ、私ですか!?」
慌てふためく伊織。柳生はキチンと頭を下げてから帰っていく。
「初めはどうなるかと思いましたけど、いい人でしたね。真面目で律儀ですし」
「ああ。だが、真面目ではないな。――まさかあれほど
「疲れている? どういうことですか?」
伊織の問いかけに、椿姫が答える。
「私と戦う前に、既に誰かと戦っている。おそらく長時間だろうな。うまく隠していたが、疲労がみえていた」
「それであの動きだったんですか……!?」
「ああ、恐ろしいな。だから決着をつけたいと言ってきたのだろう」
そのとき、ピコンと通知音がなった。
椿姫がメッセージを開く。相手は帆乃佳。
『椿姫、もしかしたら近々、柳生って女の子が現れるかも。朝から
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……疲れたああ……。さすがにあのレベルと
暗い部屋、椅子に座った状態で机に突っ伏したのは、柳生三葉。
「でも、楽しかった。もっと、もっともっと知りたいな。やっぱり、可愛いな。――
不敵な笑みを浮かべながら、パソコンの灯だけが彼女を照らしていた。
それからスマホをケーブルにつなげる。そこに映し出された動画は――。
『
先ほど戦っていた大剣豪――宮本椿姫との闘いである。
「あちゃあ、早すぎて見えてないや。いいや、プリントアウトしよっと」
範囲を選択すると、プリンターがガガガと音を立てた。
そして拡大された椿姫の顔を、隣の壁に貼り付ける。
「ふふふ、
そこには、
「ああ、可愛かったなあ。生
至高の表情を浮かべながら、壁の椿姫を見つめる。そして――。
「
メモに走り書きをして、壁に貼り付けていく。
「思っていたよりも身長が高かったな。香水はつけてない。石鹸のみかな。視覚よりも嗅覚に頼ってる。瞳は黒にほんのり茶色。ノーメイクなのに肌綺麗。思ってたより優しかった。右からの攻撃に強い。自信家なのは
――――――――――――――――――――――
あとがき。
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