第35話 門下生
「……くっ、どうしたらいい。こんなの……不可能だ。あまりにも……多すぎる」
「椿姫さん、大丈夫ですよ」
「伊織、どうしたらいいのだ……こんなのを前にして、どうしたら!」
「ただのスイーツパラダイスですよ」
「……天国じゃないか」
椿姫と伊織は、大量のスイーツブッフェを前にしていた。
シュークリーム、チョコレート、抹茶のケーキ、ティラミス、マカロン、ブラウニー。
真っ白い大きな皿をぬいぐるみのように持ちながら、椿姫は立ち尽くしている。
どれから選んでいいのか、まるで見当もつかないのだ。
「伊織、伊織、私はどうしたらいいのだ!」
「椿姫さん、ちょっと声が大きいですよ!? 周りの人が見てますから!?」
「す、すまぬ……。しかし世界にこんな場所があったとはな」
「多分、結構どこにでもあると思いますよ」
――椿姫よ。悩むな。直感を信じて突き進め。
叔父の言葉を思い出し、端から順番に食べる事にした椿姫は、一つずつお皿に盛っていく。
「ありがとう叔父。ありがとう叔父。ありがとう叔父」
「椿姫さん、何を言っているのですか?」
席に着く前に、伊織がドリンクバーの説明をする。椿姫は、あまりの驚きで口をあんぐりと開ける。
「こんなものが、人類にあったというのか……」
「色々と大袈裟ですよ。椿姫さん」
クスクスと笑いながら、可愛いなあとつぶやく。
結局、烏龍茶にした椿姫。伊織はオレンジジュース。
席に着くと、椿姫は喉をごくりと鳴らした。
しかしその前に、伊織がふと問いかける。
「それにしても目が飛び出るかと思いました。『DP』の振込、凄かったですね」
DP、通称ダンジョンポイントとは、魔物のスキャンによる討伐貢献度を電子マネーに変換したものである。
現金での振り込みも可能ではあるが、未成年の場合は法律で『DP』のみになっている。
とはいえ普及率はすさまじく、コンビニ、スーパー、カラオケや公的施設といった場所で使用可能である。
日本円に換算すると何百万円かの大金を手に入れた二人は、打ち上げ会としてこの場所にやってきた。
『F』だったはずのランクも、今や『C』に到達。
これは、日本でも最新記録である。
「でも、佐々木さんや小倉さんも凄いですよね。元々の個人ランクは圧倒的ですし、もっと頑張らないといけないですね」
いつもなら「うむ。やうぬ。そうだな。やああ」といった返事がかえってくるのだが、一向に声が戻ってこない。
ちらりと視線を向けると、椿姫は両手にスプーンとフォークを構えていた。
――二刀流である。
「……どれから食べるのが正解なのだ」
その純粋な瞳と欲求に伊織がクスリと笑う。
ほんと無邪気な子供だなあと。
「時間無制限ですから、のんびり食べましょう」
「な、なんだと!? そんなものが世界に――」
「存在しますよ。はい、いただきます」
「うむ。――すべての命、物、世界に感謝する」
それを見た隣の女子高生が「あの人、感謝しすぎじゃない?」「農家生まれなのかな」「でも美人だね」と言った。
「……僥倖だ……僥倖ッ」
「ふふふ、椿姫さんってほんと甘いもの好きですよね」
微笑む伊織に、椿姫は恥ずかしくなる。しかし嬉しくもあった。
都会に来てからは好きな物が増えた。それが、楽しい。
「そうかもしれないな。私はまだまだ、自分の事を知らなかったみたいだ」
「いいことですよね。ただ、それは私もです。椿姫さんといると勇気が湧いてきます。ああ、自分ってこんなに前向きになれるんだなって知りました」
「……そういってくれて嬉しいな」
「椿姫さん」
うっとりした表情で、伊織は前かがみになり、椿姫に顔を近づけた。
それを見た隣の女子高生が「え、キス!?」「スイパラでキス!? スイキス!?」「それもありなんじゃない?」と言った。
「チョコレート、頬についてますよ」
「ありがとう伊織」
伊織は、ウェットティッシュで椿姫の頬をフキフキ。
するとなぜか、隣からため息が聞こえた。
「食べ過ぎてしまったな……」
「椿姫さん、最後はチョコレートタワー作ってましたね。全部食べ切って拍手喝采なんて、初めて見ましたよ」
「そこに書いてあったのを真似してみたのだ。ダメだったのか?」
「まさか本当にやる人がいたのか、と店員さんは言ってましたけど、大丈夫だと思いますよ。単価があああ、と嘆いてましたけど。――そういえば、今朝の話なんですけど」
伊織がスマホを取り出すと、椿姫は真剣な表情に切り替えた。
今、二人は
もちろん誰でもいいというわけではない。伊織がやり取りをして、個人ランクや実績を考慮した上でまずは会ってみる、と決めた。
そして一人、伊織が気になっている人とやり取りをしていたのだ。
「それで、先方はなんと?」
「まず会ってみたいと。凄いんですよ。個人ランクがなんと全国で――。あ、ちょうどメッセージが来ました。今から会えるみたいですけど、どうしましょう?」
「早いほうがいいだろう。私は構わない」
「そうですよね。でしたら、駅前のカフェ――」
「いや、待ち合わせはそうだな。駅前の近くに大きな公園があっただろう。そこにしよう」
「え? 公園? でも、ゆっくりできますかね?」
「ゆっくりなんて必要ない」
椿姫の身体がから漏れ出る魔力と笑みに伊織が気付く。
「まさか、椿姫さん……戦うつもりじゃないですよね?」
「そのつもりだ。拳や剣を合わせなければ、その人の真意は測れない。言葉よりも、身体をぶつけ合うことが大事だ」
「で、でもさすがにそれは!?」
慌ている伊織。しかしそこにメッセージが飛んでくる。伊織がそれを見て驚愕し、椿姫が、見てもいいか? 前かがみになった。
『まどろっこしいの嫌いなので、まず大剣豪さんと戦わせてもらえませんか?』
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