第19話 伊織の才能
道場に移動した三人は、黒の袴に着替えていた。
いつものとは違う、帆乃佳から借り受けた佐々木道場のものだ。
椿姫は道場に通ったことはない。それでも、この場所はなぜか心地よく感じた。
天井の空いた窓、太陽の木漏れ日が畳を輝かせていた。夏の匂いが鼻をくすぐる。
「流石に真剣はダメだめだから竹刀でもいい?
「構わない。手加減は――」
「なしよ。私たちは、いつもそうだったでしょ」
帆乃佳の物言いに、椿姫は頬を緩ませる。
「二人とも怪我はしないでくださいね! しても私が治しますが!」
伊織の言葉に二人は静かに微笑み、竹刀を構えようとしたとき――。
「お嬢様! お嬢様あああああ、
甲高い女性の声が、どこからともなく聞こえてくる。
その声に帆乃佳は、はあとため息を吐いた。
するとその直後現れたのは、黒髪ショートカット、肌の白い、明るく元気そうな女性だった。
年齢は椿姫たちと同じ16歳。
服は同じ道場の袴を着ていた。
「
「お、お友達!? お嬢様にお友達が存在していたのですか!?」
「し、失礼ね! 私にもお友達ぐらいいるわ。それより、なんでこんな早いの? あなた、大会は――」
「もちろん、約束通り
小倉は片膝をつきながら賞状を見せつける。
そこには、東日本探索協会、公式大会優勝と書かれていた。
「小倉はやりました! 決勝はすさまじい戦いでした。しかし! お嬢様の叱咤激励のおかげです!」
次に見せつけてきたのは、スマホのスタンプだった。
『頑張ってー』とクマが鼓舞している。
「よ、よかったわ。そしておめでとう。改めてお祝いしたいけれど、今からちょっと――」
「竹刀!? もしや私以外とヤるのですか!? お嬢様!?」
「その言い方は誤解されるでしょ。――椿姫、伊織さん、紹介するわ、私の――」
「小倉でございます! お嬢様の一番弟子、いや、将来のお嫁さんでございます!」
元気な小倉に伊織は少し戸惑っていた。
だがしかし、椿姫は頷き、右手を差し出す。
「私は椿姫だ。まさか帆乃佳に未来の伴侶がいたとは知らなかった。彼女を宜しく頼む」
その言葉に小倉は目を輝かせながら「椿姫様、お任せください!」と両手でガッシリ掴んだ。
しかし後ろから帆乃佳が答える。
「全然お嫁さんじゃないわ。そもそも、私のほうが後からここに来たから弟子でもないでしょ」
「いえ小倉はあの日、あの夜、あの熱い夜で気づいたのです。小倉は、お嬢様の為に存在していたと!」
「戦っただけでしょ。誤解するようなこと言わないで。小倉はここの叔父様の娘なの。年齢は私たちと一緒。ちょっと変な子だけど、実力は確かだわ」
「お嬢様! 何と勿体ないお言葉! 小倉は嬉しいです!」
嬉しさのあまり抱き着く小倉。帆乃佳は、はあとため息を吐く。
するとそこで、帆乃佳が「そうだ、いいこと考えたわ」と言った。
椿姫と伊織が首をかしげる。
「椿姫、まず小倉と戦ってみない? この子、面白いわよ」
「お嬢様、私が面白いと!? なんとありがたき幸せ! 明日からお笑い芸人になります!」
「そう言う意味じゃないわ。――ねえ椿姫、どう?」
帆乃佳の物言いに椿姫は頬を緩ませた。
「構わない、が、一つ提案がある」
「提案?」
「ああ、覚えているか? よくやっただろう。2本先取を」
「……ええ、よく覚えてるわ。まさか――」
「そうだ。――伊織、小倉姫と戦ってみたらどうだ」
「え? わ、私!? で、でも剣なんて扱ったことなんてないですよ!?」
椿姫は、竹刀を伊織に手渡そうとしたが、当然のように慌てふためく。
しかし椿姫が続ける。
「剣だと思わなくていい。腕の延長戦と思えばいいのだ。――強くなりたいんだろう?」
少しだけ意地悪のような口調で、椿姫が鼓舞する。
すると伊織はゆっくりと竹刀を掴んだ。
「……わかった。だったら、頑張ってみる」
「小倉、これは2本先取よ。あなたが先行、私が後攻、わかってるわね?」
「お任せくださいお嬢様、こんな
小倉の言葉に、伊織の表情が切り替わる。
それに気づいた椿姫が口を開いた。
「小倉姫、其方の実力は知らない。優勝したからには強いのだろう。だが、うちの伊織を舐めていると痛い目に遭うぞ」
「……お嬢様、もしかしてですけど、私、舐められてますか?」
「ふふふ、そうかもね。小倉、
「承知しました」
小倉は帆乃佳から竹刀を手に取ると表情を斬り桁。
真剣な面持ちで、伊織を睨みつける。
伊織もまた竹刀をぎゅっと握っていた。
双方立ち位置につく。
「小倉、勝ったら一緒にお風呂入ってあげるわ」
「……うわああああああああああまじですか!?――絶対に勝ちます。小倉、勝ちます」
慌てふためく小倉、一方――。
「伊織」
「はい。一生懸命頑張りますが、でも多分――」
「君なら大丈夫だ。私を信じてくれ」
「……わかりました」
試合開始の鐘はなかった。
二人が距離を取って構える。
先に仕掛けたのは小倉だ。そしてその素早さに椿姫が目を見開く。
「――なるほど、凄まじい動きだな」
小倉の身長は152cmと低く、肉体的な威圧感はない。
だがその小柄を生かした動き、まるで重力を感じさせないかのように足運びで突っ込んできた。
それも――左右に軸をぶらせながら。
「――悪いですけど、こうみえて強いですから! 小倉は!」
横から薙ぎ払い――かと思いきや、小倉は直前で突きに変えた。
鋭い一撃。
しかし――。
「――なっ!?」
攻撃は空を切る。伊織は身体を半身にするとそのまま剣を突き出した。
小倉は必死に体勢をくずしながら剣を避けるも、耳に竹刀の乾いた空気が聞こえる。
急いで距離を取ると、ふたたび竹刀を構えた。
「今のを避けられるなんて……」
しかし小倉よりも驚いたのは伊織だった。
椿姫が、後ろから声をかける。
「伊織、君はわかっていないが、其方の眼は特別だ。魔物の攻撃を回避し、前線で仲間を守りながら無傷で生還できるのは普通じゃない。――ただし相手はこれから油断はしないだろう。ここからが本当に勝負だぞ」
伊織は気づいていなかった。自分の本当の特性を。
少しだけ喜びに震えるも、椿姫の言葉と小倉を見てぎゅっと握りしめる。
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