第33話 アイアンゴーレムとスマホ教室

 宮本道場ギルド、佐々木道場ギルドの設立は、ネットニュースで瞬く間に広まった。

 歴史を知る者は、武蔵vs小五郎の決着がついにつくのではないのかと話題となり、その副隊長の伊織と小倉の名も上がった。


 二人が歴史上の人物としての証拠ない。

 とはいえ、真実を気にするものなど誰もおらず。

 一体どんな門下生メンバーが入るのか、そしてランクはどれほど上がるのか。注目は高まるばかりだった。


「――宮本流、天空激てんくうげき


 都内の上級ダンジョン。四階層にて、椿姫は猛威を振るっていた。

 対する魔物は防御力の高いことで有名なアイアンゴーレム。

 椿姫たちも、道場ギルドランクをあげるために配信を始めていた。税率が軽減されるだけでなく、多くのダンジョンへの入場、イベントの参加、特殊なアイテムを購入する許可がもらえるからだ。

 これもすべて、宮本の知名度を上げるため。そして伊織は、善意のバトンをより多く繋ぐため。


「ゴオゴオオオレム!」

「ほう、なかなか堅いじゃないか」


 嬉しそうに微笑みながら、ゴーレムの右腕を切り落とす。


 “大剣豪が本気を出すと、動画じゃやっぱ見づらいな”

 “堅いといいながら余裕で切ってるしw”

 “物理が効かないって話だったけど、ただ硬すぎるだけだったのか”

 “てか、後ろもヤバイw”


 その後ろでは、伊織がゴーレムを防御シールドで足止めしていた。

 攻撃を封鎖するのではなく、移動を制御しているのだ。


 “防御にこんな使い方があったのか”

 “凄いな。複数相手にするのにはうってつけだ”

 “魔力量があるからできる技でもある”


「椿姫さん、もう一体そっちに送っていいですか?」

「――ああ、もう終わる」


 その言葉通り、椿姫はアイアンゴーレムの首を落とす。

 闇の剣が魔力を吸い取り、鉄のごとく硬くなっていく。


 そして――。


「椿姫さん、どうですか!? いいですか!?」

「待つんだ。もう少しだ」


 “てこずってるwww”

 “魔物は放置しすぎると消えるからなあ”

 “これは笑う”


「どこのボタンだったか。さっきまではあったんだがな……」


 椿姫は、魔物のスキャンにてこずっていた。

 起動しているのは、スマホに搭載された探索者専用の読み取りアプリだ。

 カメラで撮影すると自動的に魔物の種類、個体が測定されて、個人と道場ギルドにポイントが加算される。

 その後、税金などを抜いた金額が振り込みになる。


 しかし当たり前というべきか、椿姫にとっては魔物を倒すよりも難易度が高い。

 

 なぜか撮影する前にホーム画面に戻ってしまう。


 撮影したか思えば、「これでいいですか?」の文字をキャンセルしてしまう。


 魔物は死後、ダンジョンに吸収されてしまうので、急がなければならない。


「つ、椿姫さん!? 何をしているんですか!?」

「もうすぐだ。もうすぐスキャンできる!!!!」


 “全然信用できなくて草”

 “大剣豪の弱点みつけたりッ!!!”

 “伊織の負担が大きくて笑うんだけど”

 “このやり取り、何回見ても面白い”


「つつつつうt、椿姫さーん!?」

「できたぞ! ん、なんだこれ。……読み取りに失敗しました?」


 “いつまでやんねんw”

 “ゴーレムさん消えますよw”

 “おもろすぎるw”

 “スマホ教室に通おう”


「スマホの道は、剣より厳しい……」

「椿姫さあああああああああん」


 限界を超えた伊織は、ゴーレムを放出する。

 椿姫はキリっと表情を切り替えると、深呼吸した。


「一体ずつは写すのが難しい。――まとめてやるか」


 ふたたび笑みを浮かべると、椿姫は魔力を漲らせた。

 そして次の瞬間、目にもとまらぬ速度で駆ける。


 目覚めし者アウェイカーとしての素質を開花させたものが、完全習得に至るまで数年かかると言われている。

 あの帆乃佳ですら、長刀の伸縮を自由に扱えるようになるまで一年かかった。


 しかし椿姫は、一か月足らずで――。


「ゴオオオォレム!」

「――ほう」


 ゴーレムは両腕を構えて防御態勢をとった。しかし、椿姫はあえて剣を解除させる。


 “何するんだ?”

 “攻撃をやめた?”

 “どういうこと?”


 無刀のまま勢いよく振る。

 しかしゴーレムの腕を追い越した瞬間、椿姫の手から剣が出現した。


 そのまま一刀両断。攻撃の瞬間のみ具現化したというわけである。


 “……は?”

 “こんな使い方できるの!?”

 “こんなの防御できえねじゃんw”

 “理論上は可能だけどwww 普通できねえぞw 出し入れだけでも難しいんだからw”


 コメントの通り、具現化は大幅に魔力の消費を使う上に集中力が必要だ。

 しかし椿姫は、それを容易にやってのける。

 魔力だけでいえば伊織には及ばない。それでも、椿姫はゴーレムをまとめて倒すほうが効率がいいと判断した。


 そのまま鬼人のごとく強さで敵を倒し続ける。

 コメントはさらに加速していく。


 伊織は立ち止まっていたが、ただ眺めているだけではなかった。いつでも防御ができる状態を保ちつつ、なおかつ周囲の警戒を怠らない。

 椿姫が目の前の敵に完全に集中できているのは、ほかの誰でもない、伊織という存在がいるからである。


 すべてを終えて、椿姫はふうと額の汗をぬぐう。

 いくら椿姫といえどもゴーレムの防御力はすさまじく、攻撃の際に魔力を大幅に高めていた。


 小手先、だが本質でもある。


 “マジでえぐい”

 “これならすぐランクあがりそう”

 “頑張れ大剣豪、伊織!”

 “いや、ここからが本番だろww 忘れたのか?”


「――ふう……さて、スマホか。ええと、なんだ? ホーム画面からアプリがないぞ。伊織、助けてくれ!」

「え? あ、ええええ!? ああっ! 私がやりますよ! ロックしてなかったんですか!?」


 急いで伊織が駆け寄りパシャパシャ。

 しかしそこでエラーが出る。横からスキャンを奪われないように、討伐後は当人猶予があるのだ。

 それが切れた瞬間にパシャ、それが切れたらパシャ、伊織はカメラマンのごとく敵を撮り続ける。


 “とても素早い撮影、俺でなきゃ見逃しちゃうね”

 “椿姫まだホーム画面であたふたしてて草”

 “スマホ教室のURL貼っとくわ”


 すべてを終えて、伊織はふうと額の汗をぬぐう。

 そしていつもの笑顔を見せた。


「椿姫さん!」

「ありがとう伊織、いつも助かるよ」

「いえこちらこそ。――でも、明日からスマホ教室に一緒に行きましょうか」


 “草www”

 “わらうwww”

 “温厚な裏には怒りがwww”

 “おもろすぎるw”

 “一緒に、ってところが優しいw”


 しかしそのとき、ゴオオオオオオとさらに巨大な声が聞こえた。



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