第32話 ライバル
「こ、これが……これが、これが……
うっとりとした目で、椿姫は強固なガラスケースに入った名刀を子供のように眺めていた。
目をキラキラと輝かせて、その声のオクターブはいつもより高い。
後ろで眺めていたのは伊織。まるで母が娘を見るような、愛情に満ち足りた目をしていた。
ここは、都内国立美術館。期間限定で行っていたのを伊織がネットニュースで知って、椿姫を誘ったのだ。
『椿姫さん、こういうのって好きですか?』
『……な、な、な、な、これは
数ある日本刀の中でも、最高傑作なものに与えられるのだ。
日曜日、電車を乗り継ぎやってきたということである。
椿姫は電車でも歩いてソワソワ、電車でソワソワ、入口でソワソワ、中に入ってからは満面の笑み。
「この鎧、なんという美しさだ」
「そういうのも好きなんですね。お家にあったりしたんですか?」
「いくつかあったな。着た事もあるぞ」
どのタイミングで? と思ったが、伊織はあえて訊ねなかった。
今キラキラ輝かせている目を、ずっと見ておきたかったからだ。
今日ここに来たのは、少しの休憩みたいなものである。
二人は出会ってから常に忙しくしていた。ダンジョン登頂、探索協会からの任務、
どうやって選別を行うのか、そういったところをで頭を悩ませていた。
その息抜きである。
しかし思っていたよりも椿姫のテンションの高さに、伊織も嬉しくなる。
「凄いぞ伊織、こっちは
「へえ、でも椿姫さんなら鬼倒せそうですけどね」
「戦ってみたいものだな」
その後、小鉢に取り憑いた鬼を斬ったとされる
「あの女の子、すげえ刀好きなんだな」
「なんかどっかで見たことあるような……気のせいか」
「刀女子、いいな」
◇
「どうぞお待たせしました。こちら、三日月をモチーフにした名刀ショートケーキでございます。備え付けの鎧クッキーは、まさにその鎧のごとく硬さをイメージしました。歯が欠けませんようにお気をつけくださいませ」
カフェに移動した椿姫たちは、期間限定メニューを頼んでいた。
店内は空がガラス張りになっていて、光が多く差し込んでいる。まるで外にいるかのような解放感だ。
「美味しそうですね。でもこの鎧クッキー、店員さん凄いこと言ってませんでした?」
「見ろ伊織、この刀、玉鋼バニラエッセンスが入っていると書いてあるぞ!」
「なんですかそれ」
椿姫の興奮に、伊織は少し笑いながら答える。
「美味しい……まさか、自分がこんなケーキなぞ食べる日が来るとはな」
「あはは――え、もしかして初めてなんですか!?」
「そうだ。クレープも、この前が初めてだからな」
初めてのケーキ体験が名刀ショートケーキでいいのかと少しだけ悩んだが、伊織はまあでも当人が嬉しそうだしいいかと考える。
ちなみに鎧クッキーは本当に歯が欠けたのかと思うほど堅かった。
食事が終わり、刀コーヒーを飲んでいると、椿姫が微笑みながら言う。
「伊織と出会ってから、自分の人生が180度変わったよ。毎日が楽しい」
「私は何もしてませんよ。椿姫さん」
「いや、本当に伊織のおかげだ。私はきっと君がいなければ、もっとうがった目でこの都会を見ていただろう。ケーキだって、食べないで終わっていたかもしれない」
「……そういわれると嬉しいですね。あっ、椿姫さんケーキついてますよ」
伊織は、椿姫の頬についていたクリームを手に取る。まあいいか、とペロリと舐めとると、隣で声がした。
「……百合だ」
「ほんとだ百合だ」
「百合刀女子だ」
刀大好き中学生三人組が、頬を赤らめていた。
椿姫が礼をいいながら「そういえば」と思い出し、伊織に許可を取ってスマホを触る。
「伊織、写真の送付はこれでいいか?」
「はい。あ、佐々木さんに送るんですね」
「ああ、今日行く事を伝えたら何でもいいから写真を送ってと頼まれた」
「ふふふ、佐々木さんらしいです。誘ってみたんですけど、小倉さんと予定があったみたいです」
「帆乃佳も忙しいのだろうな。――送信。ん、もう返ってきたぞ。ふむ、「……美味しそうじゃない。もっと送って、私も美術館気になるわ。椿姫がうつってるのにしておいて。一応」ときたな。私が必要か?」
(椿姫とデートしたい。羨ましいい。羨ましい。私も一緒にケーキ食べたい。刀について語り合いたい。好き好き。ああもう、好き!)
と、どこから聞こえてくるかのようだった。
「さて、腹ごしらえも済んだところでいくか。――伊織、ランクを上げるためには魔物のスキャンをするのだな?」
「はい! 宮本
二人は、ただの息抜きのためだけに来たのではない。
近くのダンジョンに入場する目的も兼ねている。
ギルドランクは『F』からはじまり、最高の『S』ランクまで到達することが可能。
様々なダンジョンに入場できるだけでなく、公的施設の無料利用や世界各国のダンジョンへの費用まで探索協会で賄ってもらえるようになる。
ほかにも恩恵を上げればキリがないが、椿姫は己の目的のために邁進すると決めていた。
◇
同時刻、探索協会に申請を出している二人の姿があった。
「承りました。佐々木
「小倉、副隊長です。ふくたいちょー!」
「はい。それでお願いします」
二人は申請後、協会を出て空を見上げる。
「さて、ここから頑張るわよ小倉」
「はい! でもなんで今更ギルド申請したんですか? 小倉はお嬢様と一緒で嬉しいですけど、今までずっとソロでやってきてたじゃないですか」
「……私は、椿姫に負けたくないのよ」
(欲だけをいえば、椿姫の傍にいてあげたい。でも、それは違う。対等でありたい。肩を並べたり。頼られたい。尊敬されたい。そのためには、あえて――ライバルのままでいたい)
「かっこいいですお嬢様! 小倉も伊織さんには負けません!」
「そうね。頑張りましょうね、小倉」
「もったいないお言葉です! あれ、お嬢様どうしたんですか? 何を調べているんですか?」
「それはそうとして、今から美術館に間に合うかしら」
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