第22話 試練ダンジョン

 ――探索協会ビル。

 都内の一等地に建てられたこのビルは、ダンジョンが世界各地に出現してたった数年で建てられたものである。

 設立者は当時ただの一般探索者だった。類まれな強さでダンジョンを制覇し続け、政府からの依頼を受けて、日本での探索協会を設立。

 それから全国各地に支部ができたのもほんの数年である。


 そしてその会長の名前は――。


「アルメリア会長、例の件、謎の大剣豪――いや、宮本椿姫は本当にお咎めなしでよろしいのでしょうか。非常事態とはいえ、ランク外での戦闘はダンジョン法に違反していますが」


 会長室、椅子に座っていたのは金髪碧眼。異世界のエルフと見間違えるほどの美しさを放っていたのは、現協会の設立者であり、世界でも最高峰と呼ばれる目覚めし者アウェイカーの使い手、アルメリア・アンケートである。

 両親はフランス人だが、当人は日本生まれ日本育ちである。

 世界最強候補と呼ばれるほど無類の強さを持ち、世界初『S』ランクの称号を持つ。


「佐々木帆乃佳から特例を出してほしいと連絡がありました。またその場にいた探索者、一般人からもです」


 それに声をかけたのは、副会長であるゼニス、白髪の初老、まるで異世界の執事のようなたたずまいの男だ。


「確かにすさまじい功績です。しかし例外を出してしまうと能力に過信した探索者が今後無茶をする可能性があります」

「存じ上げております。ですが彼女がいなければもっと被害が凄まじかったでしょう。私たちがもっと迅速に動くことができれば良かったのですが」

「……仕方ありません。私たちには政府との兼ね合いがありますから」

「とはいえ、既に宮本椿姫にはとある任務をお伝えしています。その結果次第です」

「……とある任務とは何でしょうか?」

「試練ダンジョンへの登頂を依頼しました。それが今回のお咎めなしの試験みたいなものです。それに少し意地悪しました。どこまで登ればいいのか、それは伝えていません」

「な、なんと!? 会長も人が悪いですね……試練のダンジョンは三階層を超えれば御の字でしょう。もしや、それ次第で協専ギルドに誘うつもりでしょうか?」

「それは決めていません。報告書通り、動画通りなら野良でいてもらうよりは飼い猫になってもらうほうがいいですからね。さて、どうなったか見てみましょうか?」

「その言葉、飼い猫でしたっけ? いやそれより、見る……とは?」


 するとアルメリアは、ノートパソコンを開いた。裏には、猫のシールをいっぱい貼っている。

 休日は必ず猫カフェに行くほどの猫好きだった。ちなみに部屋中、猫のぬいぐるみが飾られていた。


「宮本&伊織の試練ダンジョン配信、なんですかこれは?」

「彼女たちには配信の許可を出しました。私たちだけに見せてもらってもよかったのですが、一般人が見ているというプレッシャーがかかった状態での動きを確認したかったのですよ」

「本当に……アルメリア会長は人が悪いですね」

「そうかしら。こう見えて、私は彼女・・のファンですよ。今回の問題が起きる前から、ずっとチェックしていたんですよ」

「そうだったんですか?」

「ええ、彼女の叔父様と少し御縁がありまして。さて、おそらく2階層のネームドにてこずっているはず――え? な、なにこれ……え?」

「会長これ……20階層って書いてませんか!?」

「……え?」


 ゼニスは鼻を垂らしながらアルメリアと顔を見合わせた。


「な、ど、どういうこと!?」

「……わかりません」


 それから二人は食い入るように画面を見つめた。

 そしていつしか会話が途絶えた。そして興奮し始めた。


「うわっ、凄い。今の見ましたか会長!? 凄まじい動きしましたね!? いやあ、大剣豪は凄いですね!」

「そ、そうかしら。え、な、なにこの剣技!?」

「わっ、いけいけ大剣豪! ええと、なんかコメントしましょうよアルメリア会長!」

「そ、そうね……。ええと『大剣豪の剣技、すごいですね』――って、一瞬で流れていったわ! 読み上げられてもないじゃない!」

「配信って難しいですね……」


 肩を落として落ち込む二人。だがアルメリアはすぐに検索した。

 『コメント、読み上げられる、方法』

 そして、目を輝かせる。


「ゼニス、このスパチャってのを送れば、読んでもらえるみたいよ」

「是非やりましょう!」


 □ □ □


 試練ダンジョン――20階層。

 ありとあらゆる魔物が突然に現れる危険な場所である。法則性はなく、火の魔物の後に水の魔物ができることも。


 しかしそこに二人のJKがいた。


「――宮本流――地撃破じげきは

 

 椿姫は、地面に二刀の剣を突き刺した。すると地面が盛り上がり、その破片が魔物に降り注ぐ。

 その後ろを伊織が防御シールドで守っていた。


 コメントが、流れていく。


 ”強すぎwwwwwww”

 ”目覚め者アウェイカーになってからもはや手がつけらんねえ”

 ”能力もそうだが、危機察知能力もヤバくないか?”

 ”ヤバイ。剣技もヤバい。身体捌きもヤバい。なんというか、ヤバイ”

 ”何気に伊織ちゃんもヤバイんだよな。ずっと周りみてるし”

 ”こんな魔物に囲まれながら冷静なのは凄い”

 ”大剣豪の剣技、すごいですね”

 ”大剣豪、無理するなよー!”

 ”そもそもなんで試練ダンジョンに?”

 ”先日のダンジョン崩壊で規定違反したかだって。表向きは罰じゃなくて、能力が適正かどうかの確認らしいけど”

 ”ぜってえここまでくると思ってなかっただろww”

 ”だろうなww 今頃泡拭いてそう”

 ”そもそも、どこまでいくんだ?”


 滝のように流れていくコメント。

 椿姫と伊織は、少しだけ身体を休ませた。


「伊織、大丈夫か?」

「はい! 椿姫さんが倒してくれるので、私は問題ありませんよ。それにしても、やっぱり椿姫さんは強いですね。コメントも大盛り上がりですよ」

「いや、私というよりは――この力が凄すぎるのだ」


 椿姫は、自身の二刀を眺めた。しかしそれに伊織が声をかける。


「違います。能力はきっかけでしかありません。強さは、椿姫さんの努力あってこそですよ」

「……ありがとう、そういってもらえて」

「いえ、こちらこそ!」


 ”尊い”

 ”百合いいいいいいいいいいいいい”

 ”日に日に仲良くなってるな”

 ”幸せだよぼかぁ”

 ”一生見たいこの二人”

 ”てか、いつまでダンジョン登るの?”

 ”特に決まりはないんだって”

 ”ほえー”


「さて、まだまだ行くか。どこで見られているかわからないからな」

「そうですね。対面はしていませんが、アルメリア会長、ならびにゼニス副会長はとても厳しいお人みたいですから。――あ、スパチャきましたよ!」

「スパチャ? なんだそれは?」

「ええと、投げ銭というやつですね。また説明します! んっ、これ何だろう?」


 探索協会公式アカウント『ふぁhわこわあgww』100円――。



 ◇ ◇


 ――会長室。

 

「か、会長!? 猫が勝手にボタンを押しましたよ!?」

「ええ!? な、何してるのチャム!? ダメですよ!?」

「にゃおーん?」



 その後、探索協会公式が監視していたことがバレて炎上したが、それよりもスパチャ額があまりにも少なすぎると話題になった。




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