第26話 受注任務

 会長室。

 白髪の副会長、ゼニスが電話の応対をしていた。


「はい。承知しました。――アルメリア会長、四人が到着しました。お部屋にお通ししてよろしいでしょうか」

「もちろんですよ」


 金髪碧眼、アルメリアは姿見の前に立っていた。襟付きの黒い軍服のような服に身を包んでいる。


「ゼニス、変じゃないですか」

「大変見目麗しいかと。――私はどうですか」


 ゼニスは、ピシッと姿勢を正した。スーツ姿に身を包んでいる。


「完璧だと思います。ついにご対面ですね。――謎の大剣豪――それも生ですよ! 生!」

「はい。会長、ずっと動画見てましたもんね。切り抜き、何度も部屋の外に漏れてましたよ。ですが私も、年甲斐もなくワクワクです!」

「これが、視聴者の気分なのですね」

「わかります。ですが、くれぐれも会長としての気品を保ちくださいね」

「当たり前ですよ。――サインは強請ったらダメかしら?」

「ダメです」


 ――コンコンコン。


「失礼します」


 そこに入ってきたのは、帆乃佳、椿姫、小倉、伊織である。

 それぞれ挨拶をしてから横に並ぶ。


 アルメリア会長は後ろを向いていた。顔を作るために必死で、数秒置いてから前を向く。


「突然の招集にもかかわらずよく来てくれましたね。お初にお目にかかります。アルメリア・アンケートです。こちらは副会長のゼニスです」

「どうも、以後お見知りおきを」


 二人は、打って変わって真剣な表情を浮かべていた。

 ただ、生宮本椿姫を見つけた瞬間、少しだけ頬ピクッとした。


 それに気づいたのは、唯一帆乃佳だけである。


(椿姫に好意を抱いている? ……気のせいか)


「私は宮本椿姫――」

「自己紹介はなくて結構です。隣は伊織さん。そして東日本探索協会、公式大会優勝した小倉さんですね」

「は、はい!」

「小倉です!」


「さっそく本題に入りましょう。今日お呼びしたのは、先日の新宿ダンジョン崩壊についてと試練ダンジョンの件です。――結論から申し上げますと、今回に限り特例とさせていただきます」


 その言葉で、伊織が「やりましたね、椿姫さん」と声を上げた。しかし、すぐに声を抑える。


「ですがこれはあくまでも暫定・・です。試練ダンジョンは、宮本椿姫、あなたの強さを確認することが目的でした。実際、それは問題ないと判断しましたが、探索協会内には快く思っていない人もいます。――ただその前に一つ、尋ねましょう。宮本椿姫さん、あなたはこれからも探索者を続けたいと思っていますか?」

「……続けたいと思っている――います」

「それは何故でしょうか。ハッキリ申し上げます。最近は探索者を遊びと勘違いしている人が大勢いるのですよ。お宝をゲットするためだけの資格、ダンジョンをまるでレジャー施設のような扱いです。確かに余裕は大事です。しかし忘れていけないのは、今こうやって多くの人が認知しているのは、たくさんの死によって成り立っているからです。先人の方が切り開いてくれた道を、理解していない人が多いのです。あなたは、それを聞いてどう思いますか?」


 アルメリアは気づいていた。椿姫が、探索者としての日が浅い事や、ダンジョンについて詳しくないことを。

 帆乃佳が「椿姫は――」と答えようとするも、アルメリアが強く静止する。これは、椿姫の口から聞かねばならないと。


「……わからない」

「わからない? それが、あなたの答えですか」


 アルメリアはため息を吐いたかのように答えた。

 しかしそこで、椿姫が続ける。


「……これは答えではない。私の本当の気持ちだ。私は田舎で生まれた。叔父と同じ剣の道に進み、そしてダンジョンの存在を知った。夢は宮本流を広めること。それがまだ叶ったとは思っていないし、これからもっと多くの人に知ってほしい。私ではなく、叔父が愛した剣をだ。そしてダンジョンのおかげで伊織と出会った。古くから私を知っている帆乃佳も、小倉も。私にとって、ダンジョンは特別なものだ」

「友達が多くできたと、そのためにダンジョンを利用してきたいと?」

「……それはあくまでも一部でしかない。人類にとって危険なものだとわかっている。これからも全力で戦うし、何かあれば躊躇しない。でも、楽しいこともある。それが、今の答えだ」


 それに対して、アルメリアは真剣な表情を浮かべていた。

 そしてそれが、ふっと緩む。


「いいでしょう。私が欲しかったのは嘘偽りのない言葉です」


 その言葉で、伊織、小倉が声を上げた。帆乃佳が心の中で(やった、椿姫、やったわあああ)と叫ぶ。


「既に佐々木さんから聞いていると思いますが、これからダンジョンに行ってもらいます。先週発見された新しいダンジョンで、まだ未到達で危険ですが、あなた達ならやれると信じています。そしてこれは、協専としていってもらいます」


 椿姫は思い出していた。協専とは、探索協会が公式で作成したギルドだと伊織に教えてもらった。

 ダンジョンのランクを暫定したり、魔物の生態系を調べて報告する仕事を請け負う集団である。


 探索者の中ではエリート中のエリートとして見られるが、その分嫉妬や妬みも多い。政府とのしがらみもあり、突然に任務を言いつけられることも。

 突然の事で椿姫が答えに困っていると伊織が答えた。


「お任せください。――椿姫さん、私は大丈夫ですよ」


 気遣いにあふれた、彼女の思いやりだった。


「私も問題ありません」

「小倉もです!」


 帆乃佳はこうなることが既に分かっていたので、小倉にも伝えていた。

 明らかに異質な椿姫、それを探索協会が放っておくわけがない。ダンジョンの崩壊で椿姫が多くの人を守ったのは、協会からすれば、おいしい駒が手に入ったものだろうと気づいていた。

 元々一人が好きでどこかに所属することを避けていたが、椿姫のためならと真っ先に動いたのである。


 四人は了承し、会長室を後にした。


「帆乃佳、悪いな」

「別に構わないわ。それに未到達ダンジョンっておもしろそうだわ」

「小倉も楽しみです! ダンジョン久しぶりです!」

「椿姫さん気にしないでください。これから、頑張りましょうね」

「……ありがとう」


(可愛い椿姫、可愛い椿姫、可愛い椿姫、可愛い椿姫、可愛い椿姫、可愛い椿姫――好き)


 ◇


「アルメリア会長、ご苦労様でした。損な役回りをさせてしまって申し訳ありません」

「いえ、私は嫌われたでしょうね。でも仕方ありません。強者には責任があります。私は会長として、ずっと悪者でいますよ。――さて、それはそうとして配信の待機をしましょうか。今日は別アカウントを用意しました。スパチャの準備も万端ですよ」

「今のうちにお茶とサンドイッチ作ってきますね。でもちょっと失礼な感じではありませんか? 遊んでいるみたいな……」

「信じているだけですよ。四人ならダンジョンの攻略もスムーズにいくでしょう。それに、いざとなれば私が、すぐに駆けつけますから」

「……会長なら間に合うでしょうね。なら、おやつも作ってきます」

「紅茶も頼むわ」

 

 ――――――――――――――――――――――


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