第5話
太郎は、深い闇の中で圧倒的絶望に襲われていた。
このまま崖の下の老人と一緒に、ここで捨てられ死ぬんだという思いが、何度も何度も浮かんできた。
何のために生きてきたのか?
何のために歯を食いしばり仕事を頑張ってきたのか?
家族とはいったいなんだったのか?
怒りにも似た悔しさがとめどなく溢れてくる。
それと同時に自分の生き方を後悔した。
もっと家族を大切にできたのではないか?
あんなに恋をして愛した家族に、なぜもっと優しくできなかったのか。
両方の目から溢れ出る涙は次々と山に還っていく。
今さら後悔してももう遅いと思い、何も考えられなくなって闇を見つめていると、崖の下から微かなうめき声が聞こえてきた。
現状を認識し理解していたつもりだったが、闇の中から人の声のようなものが聞こえると、やっぱり心臓が張り裂けそうなほどの恐怖に襲われた。
しかし、それでもわずかな正義感が体を動かし、崖の下の老人に声を掛けさせた。
「だ、だれかいるのかい?生きているのかい?」
恐る恐る暗闇の崖の下を覗き込んだ。
何も見えないが、それでも何かが聞こえてくる。
「あ、あーあ・・・」
太郎の心が微かに熱くなるのがわかった。
「おーい!生きているのか?大丈夫かい?何とか助けを呼んでくるから頑張れ!」
そんな太郎の言葉には反応できず、崖の下の老人は声を上げる。
「い、痛いよー、痛いよ」
太郎の心は完全に戻ってきていた。
「頑張れ!必ず助けてやるからな!」
太郎の心に新たな怒りが芽生えたのだった。
(なんて酷い事をしやがる!人の命をなんだと思っているんだ。絶対に許さないぞ、許さないぞ!でも、どうやって助けられるんだ・・・)
今から下山して助けを呼ぶにも、無事下りられるかどうか保証はない。
自分が崖の下に下りて助ける事など不可能だ。
どうすることもできない絶望がまたしても襲い掛かってくる。
悔しさで涙が溢れそうになるのを必死で堪えながら、何とかならないものかと考え続けた。
どうあがいても無理かもしれないと絶望し、まっすぐ向いたまま動けず闇を見つめていると崖の向こうから光が近づいてきているのが見えた。
まるで火の玉のようにも見える。
太郎はふと、ついに誰かが助けにきてくれたのかと思ったが、どう考えても人が歩けるような場所ではなかったと思い出し、ではあの光は一体何なのかと余計に目を離せなくなった。
どんどん近づいてくるその光の中に、馬のようなものがいるのが見えた。
真っ白で立派な角が生えているその姿は太郎でもわかった。
(あれは・・・ユニコーンというものだ。空想の動物じゃなかったのか)
ユニコーンは、空を歩くようにゆっくりと崖の下の老人に近寄っていった。
太郎は震えあがる体を何とか抑えつつ、いよいよ覚悟をしたのだった。
ユニコーンという存在は何のために在るのかわからないが、この状況から考え、真っ先に浮かぶのはお迎えにきたということだった。
いよいよ死ぬ時がきたのだと、それ以外何も浮かばなかった。
もう今さらあがいても藻掻いてもしかたがない。
神聖なるものに連れていってもらえるなら、こんなありがたいことはないだろう。
太郎は、最後の最後で救われたような気持となり、素直に神に感謝した。
ユニコーンは崖の下の老人たちに近づくと、一人一人に顔を近づけ口を付けていった。
すると老人たちは光に包まれ、崖の上の道まで瞬間移動した。
信じられない光景を目の当たりにして太郎は、あまりの衝撃にユニコーンを見つめたまま固まっていた。
崖の下の老人全てが上に移動し終わると、ユニコーンはゆっくりと見上げ太郎を見つめた。
目が合った瞬間、太郎は体中が硬直し、一瞬全てが停止した感覚に襲われた。
すると次の瞬間、自分の体が光に包まれた。
驚いて自分の体を見てみると、やがて光は弱くなって消えていった。
再度崖の下を見てみると、ユニコーンの姿は消えていた。
辺り一帯は静寂と暗闇に包まれた。
その闇の中から声が聞こえてきた。
「おい、ここはどこだ?何でこんなところにいるんだ?」
「どうなっている?施設のベッドで寝ていたはずだが」
「なんだなんだ、変な輩に雑に扱われ、連れてこられたの覚えていないのか?あいつらどこいった!みつけたらたたじゃおかんぞ!」
太郎は闇の中から聞こえてくる声に、何だかよくわからない違和感を感じていた。
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