第3話

ふと、微かだが音が聞こえるような気がした。

意識を集中してその音を探る。

自然の音とは違う音が聞こえてくる。

(間違いない、車の音だ。助かった!)

車が上ってくると思った太郎は、腰を上げその姿を探した。

目をこらして探す中、遠くであったがその姿が見えた。

(やった!上がってきている。これで助かるぞ!ん?しかし普通の車ではないな。あれは工事現場用のダンプカーだ。どこかで工事でもしているんだな。あまり好みではないが歩くよりましだ。さあ早くここまで来てくれ)

ダンプカーの行方を目で追いながら、まだかまだかと待ちわびていた。

するとダンプカーは少し先の所で止まり、助手席から誰か人が降りたようで、手を上げ誘導し始めた。

それを見た太郎はスグに動き出した。

(なんだってあんな手前が現場だったのか。まずいぞ急がないと置いていかれてしまう)

出来る限りのスピードで太郎は歩いた。

もっと若ければ走って行けるのにと悔やみながらも、できる限りのスピードで歩いた。

ダンプカーは道の端までバックで行くと荷台を上げ始めた。

太郎は焦っていた。

ダンプカーまではまだ距離があり、このままでは作業が終了して間に合わないかもしれない。

太郎は声を上げながら早歩きした。

「おーい!ちょっと待ってくれ。おーい!」

ダンプカーは荷台をあげたまま前に動いてブレーキを踏み、荷台のものを全て落そうとしていた。

誘導していた人物が運転手に声を掛けると、荷台が戻り始めた。

太郎は縋るように頑張って声をあげた。

「待ってくれ!お願いだ!ここだここ」

幸運にもダンプカーは停まったままだった。

息切らしながらダンプカーに近づくと、太郎は運転手に話しかけた。

「はぁはぁ、助かった。いや~山から下りたかったんだけど足がもう辛くて。仕事中申し訳ないけど下まで乗せて行ってくれないか。謝礼はできる限りさせてもらうよ。今ちょっと手持ちが無いから一度家に帰ってからになるけど」

太郎はなるたけの笑みを浮かべながら一生懸命譲歩してお願いした。

運転手は前を見ながらニヤニヤしたまま無反応だった。

聞こえていなかったのかと思ったが、反応が返ってこないことに太郎は違和感を抱き、まさか外国人で言葉が通じないのかと浮かぶと、面倒な心を極力抑えながら再度ジェスチャーを交えながらお願いしてみた。

「あの、私を、そこに、乗せて、もらいたいんだ。わかる?」

すると突然運転手は、太郎の横ギリギリの地面に唾を吐くと、笑いながらダンプカーを発進させたのだった。

太郎は砂埃を上げて行ってしまったダンプカーを、固まったまま動けずに見つめていた。

事実を受け入れるのに数十秒ほどかかった。

やっとこ自分を取り戻すと、何とか自分を擁護しようと努めた。

(あれはまともな奴らじゃない。乗っていたら何をされていたかわからない。だいたいにして仕事ではないだろう。まさか不法投棄とかしていたのではないか?いや、あんな態度の奴らだから絶対にそうだ!)

正義感で溢れる太郎は、ダンプカーが荷台を上げていた道の端まで行くと崖の下を覗いてみた。

目を凝らして崖の下に転がっているものを見た太郎は、一瞬心臓が破裂しそうなほど驚いた。

そんなわけないとの防衛本能から、それはマネキンだと思った。

大量のマネキンを捨てにきたのだと。

しかし・・・

見たくはないが、認めたくはないが、それでも目を逸らせなくなってしまった太郎が見たのは折り重なる無数の老人達だった。

(こんなことが・・・)

ふいに新聞の記事を思い出した。

とんでもない法律が施行されたことを。

まさか現実になるとは。

どこかで実行されるはずがないと思ってきたが、こんなにも早く、本当に山に捨てているとは。

あまりの衝撃に感情のコントロールがうまくできない中、さらに避けようの無い事実に気づいてしまった。

(俺は捨てられたのか・・・)

止まってしまった太郎の心はもう動き出す力を失ってしまった。

地面に座り込んだまま呆然とする太郎を飲み込むように深い闇が降りてきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る