第13話

会議を終え、自室に戻った浅沼は椅子に座ると考えこんだ。

現政権である日本再生党から、姥捨て法なるものを実施したい旨報告を受けた時には、目玉が飛び出すほど驚いた。

とんでもない法案である。

憲法もそうだが、警察としても、いや私個人としても絶対に許されないものだった。

しかし、世論はそうではなかった。

この国が抱える老人問題を早期に解決させられる方法はもう、この法案しかないとの空気が支配してしまった。

老人問題は国家の緊急事態であり、解決策としての姥捨て法は、超法規的措置と捉える以外に方法はないと押し通してしまったのだ。

まさかこんなにも短期間で、本当に法案が通り、施行され、実行までされるとは思ってもいなかった。

私は断じてこの法案には反対だった。

なので、全国の警察に極秘に指示し、老人を運ぶ車両に目をつけ、道交法で何度も引っ張らせた。

老人に暴力を奮う者の検挙も続けたが、次から次へと後が絶たず、ましてや、裏から党の圧力がかかり雇われた弁護士によって釈放されてしまう始末だった。

そして、ついには党にとって邪魔者だった私の解任も決まってしまった。

残り3か月ほどとなってしまったが、最後まで戦い抜く決意だ。

警察一家に生まれ、ついに家族で誰も成し遂げられなかった警察庁長官にまで上り詰めたのに、任期途中での解任はその名誉を汚すようで申し訳なかった。

更に父の事が気になっていた。

現在父は施設で寝たきりとなっている。

まだ党の触手が伸びていない施設の情報を入手し、次々と転居させながらなんとか逃げ果せていた。

しかしそれももう時間の問題だろう。

最終的にはどこかの建物で匿うしか方法は無いのかもしれない。

できるなら、海外にでも逃げられればいいのだが・・・。

せめて人として生まれたのなら、その終わりも人として在って欲しい。

寝たきりで本人の意思も確認できずに、ひたすら続けられる延命が人とし正しい生き方なのか今はすぐに答えがわからないが、それでも生きている人間を山に捨てるのが正しいとは思えない。

何としても間違った方向に向かっている皆の意識を取り戻してあげたい。

そうどんなに一個人が抱いてみても、何も変えられる力がないことに気づかされるだけだった。

その時、携帯の電話が鳴った。

着信は父の施設の警護に当たってもらっている刑事からだった。

あわてて電話に出ると、刑事はただ事ではない状況であることを荒い息遣いで伝えるのだった。

「はあはあ、長官!申し訳ございません。党に見つかりました!」

浅沼は驚いて椅子から立ち上がると携帯に叫んだ。

「すぐ行く!」

大慌てで部屋を飛び出すと、廊下で刑事風の見知らぬ男二人が行く手を阻んだ。

「長官、そんなに慌ててどちらに行かれるのです?」

明らかに警察組織とは違うオーラを漂わせていた。

「少し出るだけだ。君たちも任務に戻ってくれ」

向かおうとする浅沼に男達はさらに立ちはだかった。

「今から向かってももう間に合いませんよ。悪あがきは止めて流れに従いましょうよ」


(警察庁長官に対しての威圧的態度は少なからず警察内部の人間ではないだろう。さては党に操作されている公安か?)

浅沼は冷静さを装い男達に言った。

「君達には大切な家族は居ないのか?」

男達は無表情で浅沼を見つめる。

浅沼は言っても何の意味もない事だろうが、言わずにはいれなかった。

「党が行っているのは悪法だ。いずれ自分達にしっぺ返しが必ず来る。もうこの国が一つになって歩むこともできなくなるだろう。今からでも遅くない。一緒にこの国を取り戻そうじゃないか!」

浅沼の心の叫びを聞いても表情一つ変えることはなく男は言った。

「我々は上の指示に従うだけの公務員です。さあ、部屋にお戻り下さい」

警察庁のトップに昇りつめても、こうして政府の指示に従う以外何もできない事への歯がゆさが募るのだった。


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