第23話
好美は毎日の仕事をこなしながらも、家族奪還グループの一員として活動を続けていた。
姥捨てが終了し、町中から老人が居なくなったことで、いつしか、この国から殺伐とした雰囲気は消えていた。まるで、全てが解決したような穏やかささえ漂っていた。
そんな中でも自分の戦いは終わっていないと好美は思っていた。
父が戻ってくるまで、この戦いを続けなくてはいけない。
ただ一部では気になることもあった。
老人達が若返って帰って来たと、あちこちで声が上がり、さらには先の放送でもそう言っていた。
あの元首相は”元老人”という言葉を使っていた。
本当かどうかはまだ解明されてはいないからわからないけど、もし、本当ならその元気な姿を早く見せて欲しいと、日々願いながら過ごしていた。
そこへ、会社の同僚が好美を呼んだ。
お客様が来ているから、応接室に来るようにと。
自分に、お客が来ることなどめったに無いのに誰だろうと思い、急いで応接室に向かい、緊張の中ドアをノックした。
お客は二人で、若い女性と若い男性だった。
私が入室してくると、二人はマジマジと私の顔を見たのち、女性が男性に向かい尋ねた。
「間違いございませんか?」
男性は声にならないのか、うんうんと頷く。
女性は「それではこれで」と一言を残すと部屋を出ていった。
男性はそれ以来、下を向いて泣いているようだった。
私は状況が掴めない中であったが、男性を気遣った。
「大丈夫ですか?よかったらこれを使って下さい」
男性は、私が差し出した応接室のティッシュ箱から一枚掴むと、それで思いっきり鼻をかんだ。
そして、私に語り始めた。
「色々頑張ってくれていたんだな。俺なんかのために、そんな、か細い体で大きな力と戦ってくれたんだな。たくさん批判を浴びたろう。たくさんの罵声も浴びたろう。ありがとうな。ずっと何もしてあげられなかったのに、全然愛情を注いであげられなかったのに、それでも、こんな俺のために、一生懸命声を上げてくれていたんだな。さっき一緒に居た女性から聞いたよ。ありがとう、好美、ありがとう」
さめざめと涙を流す男性がハッキリと見えなくなるほど、好美も涙がとめどなく溢れていた。
「お父さん・・・」
父は、うんうんと何度も頷きながら涙を流した。
好美の中の、ずっと遠い思い出のアルバムに残る父が目の前にいた。
自分の年齢とともに積み重ねてきた父という存在は、いつしか老人の姿が当たり前であって、若く逞しい姿は記憶の中にも存在しない、アルバムの中の写真だけの姿だと思ってきた。
だが、今、目の前にいる若者の父の姿に、自分もまるであの頃にタイムスリップしたような感覚に変わっていった。
子供のように泣きながら、好美は父に言った。
「パパが居なくなって、どうしたらいいのかわからなかったけど、絶対に諦めちゃいけないと思って、頑張って探しまわったり、国会の前で声をあげたりして頑張ったんだよ」
父は幼かった頃の好美を浮かべながら、うんうんと頷き話を聞いていた。
好美が小さい頃に妻が出ていった。それ以来、不器用ながらも男手一人で精一杯、頑張って娘を育てた。だが仕事に追われる毎日で、ろくに話も聞いてやれなかった。一緒に遊んだ記憶さえない。それでも自分を正当化し、娘の為に頑張っているのだから、何も間違っていないと自分に言い聞かせ続けた。
でも、歳を重ね、人生を振り返るようになると、本当に正しかったのか疑問に思うようになっていた。もっと違う方法があったのではないかと。本当に大切なものは違ったのではないかと。もっと、家族の時間を大切にすべきだったのではないかと。
やがて取り返しのつかない過ちを犯したように思え、いつしか自暴自棄に陥ってしまっていた。
穏やかな老後の予定が、つまらないものになってしまった。
いよいよもう、この人生の終わりが近づき、何もできない中で、最後に考えていたのは、やはり自分の生き方であった。
もし、今度生まれ変われるなら、家族と楽しい時間を過ごしたいなと。そんなに裕福じゃなくても、笑顔が絶えない楽しい時間を、1秒でも多く過ごしてみたいなと。
結局、それが俺の本心だったのだと気づくと、何とも残酷な一生の終わりだなと涙を流した。
でも、神様は見捨てていなかった。
本気でそう思うなら、やってみなさいと神様はチャンスをくれた。
俺は奇跡を与えられ若返った。
もう迷ってる時間なんてない。
俺が生まれた理由、生きている理由、それはひとえに家族とのかけがえのない時間を大切にすることだ。
父はその思いを娘にぶつけた。
「好美、父さんのこれから歩む、新しい人生のテーマは家族との時間だ。やっぱり家族があっての自分だ。あの頃の時間を取り戻すことはできないが、これからの家族時間を最も大切にしていきたい。もちろん、好美には好美の人生があるのだから、自分が望む生き方を大切にして欲しい。俺は、頂いたこの命、一日一日家族の時間を大切に生きてみるよ」
娘もそんな時間を望んでいたかのように、何度も何度も頷いてみせるのだった。
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