第9話

改めて巨大な家に皆感心しつつも、無限に掃除する箇所があるような気がして、女が雑巾で拭きながらポツリとつぶやく。

「こんな家に嫁がなくて良かったわ」

汗を拭いながら男がそれに答えた。

「でも、こんな大きな家なら、金持ちだろうからありがたいんじゃないかい?」

女は渋い顔で言う。

「代々続く家って、家事は女がやるもんだ!って何も言わせない圧が強いから、強制労働みたいで嫌だわ。更に古民家は隙間風で寒そうだし、掃除してもしても永遠に続きそうだから絶対無理。見たこともない虫や動物も出てきそうで怖くて嫌!」

それを聞いて男は何も言えず苦笑いを浮かべた。


「お茶入ったので皆さん一休みして下さい」


ぞろぞろと居間のテーブルに集まって座ると、和室の襖を外した空間の広さに驚かされた。

まるでお寺に居るような広さだ。

辺りを見渡しながら男はポツリと言う。

「しっかしでっかい家だな。田舎だからって、こんな大きな家なかなか無いよな」

皆も見渡しながら同意するようにそれぞれ頷いている。

この家の持ち主はみんなにお茶を配りながらそれに答えた。

「なんも、この家に家族10人以上居た頃は狭く感じて嫌だったよ」

皆それぞれ自分たちの生まれた頃の状況を思い返してみれば、男の言うことも分からなくはなかった。

兄弟5、6人はザラで、さらに老人も同居。

そんな状況でも、この家に比べれば遥かに狭い空間に収まっていたのだから、今考えてみると、日本中あちこちで、名人芸みたいな工夫に溢れた生き方をしていたんだなと思えた。

誰もが同じような事を浮かべていたのか、男がポツリと呟いた。

「俺らが子供の頃、あの時代の人達は凄かったんだな」

この国を良くするため皆一丸となって目指した、便利さや快適さ、さらには安全に暮らせるようにと汗水垂らして頑張って生き抜いた結果が、山に捨てられるという笑うに笑えないものだった。

下を向いていた男は涙を流しながら言った。

「なんでこんなことになったんだろう」

悔しさを滲ませる男に皆何も言えなかった。


太郎も悔しさで心が爆発しそうになる中、グッと堪えると、お茶を一口飲んだ。

開封せずに残っていたお茶の葉のようで、凄く美味しいとは言い難いが、久しぶりの水分に心が落ち着いていった。

すると太郎は浮かんだ疑問をこの家の持ち主に尋ねた。

「このお茶どうやって入れたんです?」

考え込んでいた男が不意をつかれたように一瞬キョトンとしたが、スグに質問に答えた。

「ああ、うちは竈なんだわ。薪はあるし、水は井戸だから」

太郎は感心した。

「ほう、それは凄い。ガスも水道も無くても生きていける。電気も無くても何とかなりそうですな」

持ち主はその言葉に反応する。

「そっか、電気が止まっているな。電力会社に電話して通電してもらわんと」

色々な事が次々と浮かんできて混乱しそうになる中、もっとも大事な部分の話となった。

「で、これからどうする?」

元老人たちは、スイッチが切り替わったように強い眼差しで、これからやるべき未来を睨みつけるのだった。

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