第16話

最近、浅沼は勤務中に自室で、物思いにふけることが多くなっていた。

残任期間も残り数日となり、仕事量が減ったことも一つの要因だったが、何より父を守り切れなかったことへの罪悪感に苛まれ続けていた。

姥捨てが行われているであろう山は、いくつか目星を付けていたが、どの山に向かうのかは、連れ去った者の判断のようで、党からの指示や決まりはないようだった。

しかも中には、指定外の山に捨てるケースもあり、ルールも糞もあったもんじゃなかった。

そのため個人で探し出すのはほぼ不可能で、諦める以外になかった。

段ボールに荷物を入れるでもなく、持ったままボーッとしているとドアがノックされた。

気付いた浅沼は覇気の無い声で答えた。

「はい」

するとドアがゆっくり開いて、若い男が扉の隙間から覗いた。

浅沼は咄嗟に身構えた。

職員では無いその顔に浅沼の脳が一気に活性化し、警戒態勢を取れと信号が全身に送られたのだ。

若い男は、ニコニコして扉の隙間から室内を見渡している。

浅沼は冷静風を装い相手の分析をした。

「どういった御用でしょうか?」

若い男は、相変わらずニコニコしながら扉を閉め、室内に入ってきて言った。

「へーここが長官室か。何だか思ってたより地味なんだな。狭いし」

浅沼は、この闖入者に最大限警戒しながら動向を伺う。

「この部屋は多くの職員も含め、一般の者は立ち入る事はできません。何か部屋を間違えていらっしゃるようだ。今、係りの者を呼ぶのでドアの側でお待ち下さい」

そう言って、受話器を取ろうとする浅沼に若い男は言った。

「しかし立派になった。まさか、お前が長官までなれるとは思わなかったが、改めて見れば警察のトップとしての貫禄も十分備わっていて、頑張ったんだな」

受話器を上げようとした姿勢のまま浅沼は固まっていた。

どこか引っ掛かるその喋り方に体が動けなくなった。

若い男は、浅沼を見つめながら言った。

「すまんな、色々迷惑掛けてしまって。体動かなくなってしまって、情けなくて、こんな何もできないくらいなら、さっさと死んでしまいたいと思っていたんだけど、お前達がそんな状態の俺でも良くしてくれるから、何とかもう一度動ける体を取り戻したいと、あんな状態でも願い続けていたんだ」

浅沼は若い男を見つめて動けなかった。

これは現実なのだろうか?この国で起きている大量の身元不明人と姥捨ての関連が未だ解明できない中であっても、一部の人の間で、その者達は老人の生まれ変わりだという思想が広がり始めていた。

父は続けた。

「俺の為に色々手を打ってくれていたんだろう。ちょっと恥ずかしいけど、ありがとうなエイタ」

その呼び名を聞いた瞬間、浅沼は大粒の涙を流した。

自分の事を「えいたろう」ではなく「えいた」と略して呼ぶのは、この世でたった一人しかいなかった。

まさか、こんな事って本当にあるんだと神に感謝した。

「と、父さん・・・」

父も目に涙を浮かべながら息子を見つめ、こうして生きて再会できたことに感謝した。

父は泣きじゃくる息子の側に近寄ると、肩をがっちりと抱きしめた。

やがて父は強い口調で息子に言った。

「エイタ!これからこの国を取り戻す!そして、我々の力でこの国を創り直すんだ」

息子は見た目は自分より年下だが、その芯の通った言葉と、漂うオーラに圧倒されるのだった。

これが、何度もどん底まで叩き落されても、決して諦める事無く、地獄の底から這い上がってきた者達の持つ強さであった。

息子はすっかり長官ではなく、息子に戻って父に尋ねる。

「でも、どうやってできるっていうの?もうこんなに壊れてしまって、国民は党と同じ方向しか向いてないよ」

父は笑いながら言う。

「ハハハ、大丈夫だ!父さんと一緒の山に居た人達がすげえのが揃っていて、その人達をこの国の中枢に送り込む。そうすりゃあ、なんとかなるだろうハハハ」

息子は子供の頃の事を思い出していた。

父は常に家の中でも警察官としての威厳を保ち続け、決して、こんな風に笑った顔など家族には見せたことはなかった。だが父と同じ立場になるにつれ、その意味が少しずつわかった。

常に重い重責の中、気が休まる日など到底なく、一体、毎日自分は何と戦っているのだろう思えるほどに次々と迫りくる困難な状況下で、辛うじて自分を保つために、本来の自分を捨て、24時間警察官という鎧を纏うようになっていたのだと。

本当はこんなにも笑う人だったんだと思うと、嬉しいような、違和感があるような、何となくまだ慣れない自分もいた。


「でもどうやって中枢に送り込むの?」

父は待ってましたと言わんばかりに言った。

「それにはエイタ、お前の協力が必要だ」

自分の協力と言われても、できることなどあるだろうかと考えてみた。

さっぱりわからず、それよりも気になった事が浮かんできた。

「ところで父さん、よくこの部屋まで誰にも止められず来れたね」

父はまたしても笑いながら言った。

「ハハハ、俺も伊達にここで40年務めてないさ。組織のことは隅々まで知り尽くしているからな。だから簡単だったよ。堂々と真っすぐ進んでくれば誰も止めねえよ。ハハハ」

息子はすっかり呆れて、セキュリティーの甘さに苦笑いした。

辞める前に改善しとかなくてはと思うのだった。


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