一章.3「咲羽と木ノ葉」

「すみません、先代獣神の木ノ葉様について――」

「あ?ふざけてんのか?」

「あっ…すみません…」


まただ。

木ノ葉さんについて話を聞きに来ると、必ずこういった人に出会う。

…彼女の死に際をあまり詳しく知らないから、どうしてこうなっているのかも分からない。

だって私が知っている彼女は、民衆に愛されている彼女だったから。

咲羽と同じように、民衆に愛されていたはずだから。


「…はぁ、今日も収穫なしとかにならないと良いんだけど…」


思わず本音が溢れる。

それも仕方がないだろう。

咲羽やフィリアを筆頭に、情報収集が進んでいる人は「眷属との関係」なんていう細かい事まで知れるようになってきたのに。

木ノ葉さんに至っては、民衆から見た「彼女の印象」すら聞けていない。

…夜宵は何も話してくれないし。

他の人達も、何も話してくれないからなぁ。

どうしよう。

このままだと、私は…


「…レーニス。お前も来ていたのか」


ふと後ろから声がした。

振り返ると、そこに居たのは愬。

「そうだね。…愬はどうしたの?」

「ステラの荷物を受け取りに来たんだ。来週は我が預かる番だからな」

愬の問いかけに返答し、返ってきた言葉に首を傾げた。

ステラって交代制で引き取られてるの?

…あー。そういえばそんなことどっかで聞いたような…。

いつだっけな…。

酷く曖昧な記憶。

欠けたそれをなんとか引き出しながら、愬に話を合わせた。

「そうだったね。ステラ、もう帰るつもり無いのかな?」

「さあ。それは我らが決めることではないからな…」

「まあそうだよね」

繋がった会話。

…このまま話しているといつか記憶のボロが出そう。

「それじゃあ、私もう行くね」

そうなることはあまり好ましくない。

だから…相変わらず無表情な愬にそう言って、その場を立ち去ろうとしたのに。

愬はそんな私に声を掛ける。


「…お前はここで、先代獣神の話を聞こうとしているのだろう?」


その言葉に含まれているのは――

純粋な疑問。

それと、提案。

欲しかったそれを感じて、私は思わず足を止める。


「うん、そうだよ。だって木ノ葉さんのこと知りたいから」


至って冷静に聞いたはずだけど。

…大丈夫だよね?

余計な感情が乗っていたら、愬からの『提案』がなくなるかもしれない。

少し不安になりながら彼の言葉を待つ。


「――ここでは絶対に、彼女についての話は聞けない。だから…もし聞きたいなら、我に着いてこい」


しばらく待って返ってきた言葉は、提案と微細な揺れをまとっていた。


◇◇◇


静かな部屋で愬を待つ。

私に話を聞かせてくれると言った彼は、同伴者を連れてくると言って出ていってしまった。

仕方がないから大人しく緑茶を飲んでいるんだけど…。

やっぱり、苦い。

私は普段から紅茶を飲んでいるから、

反射的にそう思ってしまうけど、別に嫌いな味ではない。

きっと、咲羽がよく振る舞ってくれていたからだろう。


「…咲羽、あなたはどうして死んでしまったの?」


やっぱり私には分からない。

民衆からの印象も、

私からの印象も、あなたは『輝いている子』だったのに。

どうして死を選んだのかなぁ…。

彼女を思い返せば思い返すほど、私は理解できなくなっていく。

なんであなた達が死ぬ必要があったのか、全く理解できなくなっていく。

だからきっと私は、表面的なことしか知れていないんだろうな。


「だって私、正規の神じゃないし……」

「…もう少し後に来たほうが良かったか?」

「いや、大丈夫。…どうぞ」


思わず溢れた本音。

それに居心地の悪さを感じたのか、戻ってきた彼はそう言った。

でも私にとってソレは知られてはいけないことではないので。

普通に流しておいた。


「待たせてすまない。…こいつが、先程告げた同伴者だ」


愬の言葉の後、席につく音が聞こえる。

…そういえば、誰を呼んでくるか聞いていなかった。

愬と秋が仲が良いと聞いていたし、勝手に秋だと思っていたけど…。

…え?


「…夜宵?…同伴者って、夜宵のことなの…?」


顔を上げた私の目には、桜色の耳が映った。



「あぁ、そうだ。…先代獣神のことを話すならば、彼女が居なければならないからな」

「そう…ですね。私がいなければ…。…っ…なので、」


私の気も知らず、淡々と話す愬と――

一切顔を上げようとしない夜宵。

私にはどうして夜宵が来てくれたのかわからない。

だけど彼女は…

夜宵の様子は、まるで…。

――罪を告発される罪人かのようだった。

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