【レシアの記録】終幕

レシアに惹かれ、私は海に沈んだ。

そして突きつけられたのは残酷な現実。


◇◇◇


「レシア、アクィラさん…あなた達は、どうやったら再会できるの?」

私の問いかけに、アクィラは分からないと首を振る。

だけどレシアは何かを知っているのか、眉を下げ微笑んだ。

…きっと彼女は言う気がないのだろう。

それでも私は聞いてみる。

「ねぇ、レシア…あなたはどうやったら良いか知っているよね?」

「…そうだねー。知っているけど…私からは言えないかなぁ…。それが皆との約束だから…」

予想通りの反応。

幼いとはいえ、海神だもんね。

そう簡単に教えてくれるはずがない。

しかし私はこういう状況に慣れているから。

今回も打開して見せよう。

まず、約束について考えないと。

…皆というのは、咲羽達だろうか。

咲羽達だとしたら…彼女たちは、どんな約束をしたのだろう。

どんな約束だったとしても、言えないってことは、レシアは再会したくないの?

お母さんなのに…?

……あ。

別に、お母さんだからといって好きなわけではないか。

私だってそうだったでしょ。

だって、お母さんは私達があんな目に遭っても助けてくれなかった。

それどころかお母さんは――

いや、そもそもお母さん、だなんて。馬鹿馬鹿しい。

あんな人に思考を奪われるなんて時間の無駄にも過ぎる。


――別にお母さんだからといって無条件に好きになるわけではないけど、

「レーニスさん?あの、どうかした…?」

この子はきっと、お母さんが好きだろう。

「大丈夫よ。なにもないから」

心配そうなレシアに笑いかける。

彼女の一挙手一投足は、アクィラさんに酷似している。

だからきっと、この質問には答えてくれるだろう。

「再会方法を教えてくれないのはわかったんだけど。…ヒントくらいはくれるんだよね?」

だって、さ。

あんなにお母さんの事を見習っていたのに。

毎日お母さんの肖像画に手を合わせるくらいだったのに。

お母さんのような神になろうと、日々努力していたのに。

『お母さんが嫌い』なはずがないと思うの。

だけど…もしも、ではあるけど、本当に『お母さんと再会したくない』のなら…。

この質問に答えは返ってこない。

逆に再会したいのなら絶対ヒントを言うだろう。

だってこの子は子供だから。

大人ぶってる、ただの子供だから。

「うーん…そうだね…。私から言えるのは、皆とお話してみてってことかなぁ…」

…うん、当たりだね。

やっぱりこの子はヒントをくれた。

それが私の疑問に対する、最大の答えだ。

心の何処かが安堵するのを感じた。

大丈夫。

私が思っていたような事にはならない。

このヒントを辿れば、きっと。

そっと胸をなでおろし、ヒントの意味を考える。

『お話』というのは、記録を辿ることだろうか。

それとも、記録の中でこうして話すことだろうか。

分からなかったから、聞いてみた。

「ごめんね。そこまでは言えないや」

「そっか。いいよ、ありがとう」

けれど、欲しかった返答はなし。

仕方がないからこのまま考察を続けよう。

そうだね…多分レシアが言いたいのは後者の方な気がする。

私はレシアの言う『お話』を『対話』だと捉えたから。

だけど、私分かんないよ。

『対話』の仕方。

ここに来れたのもたまたまなんだから…。

「アクィラさん…レシアちゃん。私、できる気がしないよ…」

そっくりな二人に話しかけてみる。

…微笑んだまま微動だにしない彼女達に返事を求めても無駄なのかもしれない。

諦めることにした。

私には時間がある。

だから、更なるヒントはまた今度でいいよね。

私は一刻も早く理解しなきゃいけないから。

現状と、原因を。

そして、

彼女達の幸福理論を。

「レシアちゃん、色々とありがとう。理解できたかは、わからないけど…私は一回別の人のところに行ってみる。…やり方も知らないけど、頑張る。から、待ってて」

「…レーニスさん。うん。待ってるね」

初めて笑顔以外の表情を見せたレシアに内心驚きつつ、部屋を見渡す。

えっと、ここから出るにはどうしたらいいのかな。

…もし戻れなかったらどうしよう。

なんて思っていると眠気が襲ってきた。

…あー、これが戻る方法?

なら…戻る方法あんま理解できなかった…

まあいいか…。

きっと、いつかわかるよね。

膝をつく。

朧気になる視界に、震える声が届いてきた。

「…ライラに、謝っておいてくれない…?」

その声にちゃんと返事できたか分からない。

けれど、気が付いたら泡が溢れてきていて。

それに触れたら、軽い破裂音と共に風が吹く。

風が止むとそこは、前の…いや、本に触れてから数秒後の会議室だった。

「…急に意識が飛んだかと思えば、数秒で帰って来るなんてね。これが噂の記録旅行かい?」

起きたばかりの私に秋が言葉を刺す。

だけどその目には心配も混じっている。

…最近理解したことは、秋は少しツンデレだということだ。

これに関してはだいぶ皮肉全開だったけど。

「えぇっと…秋さんのことは置いといていいんですけど…。今見に行ったのがどなたの記憶か教えてもらえませんか…?」

秋を左手で制しながら言う夜宵。

きっとこの子は、木ノ葉さんの記録の続きが気になるのだろう。

…今回はレシアだったから聞かせてあげられないな。

「今見に行ったのはレシアちゃんの記録だよ。とりあえず…ライラの所に行ってもいいかな?」

ライラに謝ってほしい。

私がその言葉を伝えるべきかはわからない。

だから考える。

結論が出るまで、あなたの言葉は仕舞っておくよ。

この本を無事に『長期間借りる』ことが出来たらだけど。

「多分ご存知だと思うのですが、ライラは今深海都市に居ます。今日は当代の海神様の公務に付き添うそうですので、忙しいのではないかと…」

夜宵は眉を下げながら言っていた。

そっか。

私は聞いていなかったけど、ライラは今日忙しいんだね。

それなら無理に行く必要ないか。

本を置き、此処にいる二人に向き直る。

ライラと貸出の交渉ができないのならしょうがない。

私は深く椅子に座り、彼らに対し質問を投げる。

「――ねぇ、あなた達から見たレシアってどんな神だった?」

一瞬にして凍る空気。

私はよく、空気を読めないと言われる。

一種の才能だとか、能力だとか言われたことはあるけど。

本当にいらない能力だなぁ。

なんて思いながら、「禁句に近い質問」の答えを待った。

空気が読めないと思われても良い。

これは絶対に、答えてほしいの。

…いや、絶対答えさせる。

だってこれは、私が居なかった期間のあの子達を知る重要な手段なのだから。

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