一章.1「彼女と咲羽」

レシアの記録を見てから、何週間か経った。

私は私の知らない彼女達が知りたくて、ひたすら彼らに質問を繰り返している。

毎日毎日、違う人に違う質問をして。

もらった答えをメモに書き写し、別の人に聞いてみる。

…そんな同じことの繰り返し。

この方法は確かに合理的で、彼女達の新たな一面を知ることができる。

だけど、それだけでは足りなくなってきて。

それだけではいけないような気がしてきて。

彼女達が統治していた国に行っては、民衆にも質問をしてみていた。

幸い私は偽装魔法に長けていたため、毎日質問をしても同一人物だと疑われることもなく。

元眷属達の助けもあり、順調に彼女達に関する情報集めは進んでいた。

そんなこんなで、あの日から数週間経った私の日課は質問、外出、残りの時間で記録をみる。というものに落ち着いている。

――落ち着いている。なんて簡単に言ったが、この生活に慣れるまで相当苦労をした。

何故なら記録を見るのには強靭な精神が必要で、

私にはそんなに強い精神などなかったからだ。

だからなのか、その生活を始めた頃は眠れない日も多くあった。

そしてそれは今も解消された訳では無い。

だが、記録に残された彼女たちの苦労に比べたら、大した事ではないのだから。


「…大丈夫?ステラが思うに、あなたは疲れている気がする」

「大丈夫。全然何の問題もないわ。…それじゃあ私、グローリアで聞き込みしてくるから!」


心配するステラを横目に、外出の支度をする。

グローリア。夢境、グローリア。

綿のような頭の中でそう、文字を反復させる。

何をするのか…忘れないように。


グローリアは咲羽の治めた国。

近くには妖の山があるから、ついでに木ノ葉さんの聞き込みもしようかな。

木ノ葉さんの国、メランコリアはその大半が妖の山であったはず。

それなら山に行くだけでもいいかな…。

いつもそうしてるよね、確か。

うん。

行こう。

もう一度ステラに別れを告げ、

私はそこから出ていった。


◇◇◇


「すみません、先代の神様の咲羽様についてお聞きしたいことが…」

「お嬢さんもかい。最近は咲羽様について知りたい人が多いねぇ」

これもやはり咲羽様の魅力の成果なのかね。と言って微笑む老婦人。

私がその目に憧憬を見たことから、この方もきっと咲羽に魅了された者の一人なのだろう。

きっとこの方からは有益な情報を貰える。

そう確信した私は彼女を茶屋に誘った。

できる限り多くの情報が、一刻も早く欲しかった。

…私は焦っているのかな。

自分でもよくわからない感情にそうやって聞いてみる。

返答は勿論ない。

「咲羽様はねぇ…誰よりも永遠を見せてくれるお方だったのよ。あの方の言葉は何よりも信頼できたし、あの方は誰よりも輝いていた…それはもう全てを呑み込んでしまうくらいに…」

老婦人は懐かしんでいるようだった。

…咲羽は、誰よりも輝いていた。かぁ。

そうだね。

私もね、そう思ってるよ。


「噂通り、咲羽様ってとても素敵な方だったのですね…。今、グローリアの統治者は愬様ですけど…彼と咲羽様ってどういう関係があったかわかりますか?」


あの子達に会いたい。

彼女達の知らない一面を聞くたびに、強くそう願ってしまう。


「あぁ…ふふ、あの二人について、ね…。少し長くなるのだけど、いいかい…?」

「えぇ、勿論大丈夫です。是非聞かせてください」


レシアの記録の中で入れたあの空間のようなものを見つければ、もう一度会ったことになるだろうか。

答えはわからない。

――私はまだ、レシア以外と話していないから

胸が小さく声を上げた。

今度は分かる。

これは焦りと不安だ。

目の前に置かれたお茶を手に取る。

ゆっくりそれを飲みながら、彼女の返答を待った。


「…愬様が咲羽様の眷属だったことは知っているかい?」


しばらくして返ってきたのはそれ。

なるほど、たしかにこれは長くなりそうだね…。

そう思いながらも、今までとは違う返答に期待をしてしまう。


「噂程度には知っています…ただ、経緯はあまり…」


私の言葉に、老婦人の目が変わった。

これはどういう感情かわからない。

一つ分かるのは、負の感情ではないということだけ。

…この人がどうして深い事情を知っていそうなのかは知らない。

だけど、もしかしたらこの人は、本当に―

―本当に、有益な情報を持っているんじゃない?

もう一度彼女の瞳を覗く。

そして、確信と共に微妙な気持ちになった。

当たりすぎる自分の勘には、つくづく嫌気が差す。

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