一章.10「誰かの記録」

眩しさを訴える視覚に、

突如。

爆発音が届いて、

目を閉じた。


◇◇◇


「っ―――!!」

突如襲ってくる爆風。

成すすべもなく吹き飛ばされ、

本棚に強く体を打つ。

その衝撃で降ってくる本から頭を守りながら、

私は声にならないうめき声をあげていた。

頭を守る腕は勿論、色彩を取り戻している。

――どうして?

これは私の記録ではないよね。

というか、ここは…

「現実世界…?」

思わず口を抑える。

静かな図書館に響き渡ったものは、確かに私の言葉だった。

…おかしい。

何かがおかしい。

記録を見に行ったはずなのに、なぜか爆風に飛ばされて。

気が付いたら本棚の下。

本がぶつかった箇所がヒリヒリと痛む。

その感覚までもが私にとっては違和感だった。

…一回、整理してみよう。

まず、私は本を開いた。

そして白紙だったから、記録を見たいと願った。

本はその願いに応え、私を記録の世界に連れて行った。

…でも、途中で急に閃光が見えて。

気が付いたら爆風に飛ばされてて。

今、本棚の下。

始めはまだ何の問題もなかったはず。

きっと、何かがおかしくなったのは記録の世界に入り込みかけてから。

一体何がダメだったんだろう。

私は何を間違えたの?

――いや、手順は何も間違えていないはず

それは私が知らない手順がなければ、の話だけど。

今まで何回も同じ手順で記録を見てきたし、流石に大丈夫だろう。

だから、これの原因は別のところにあるはず。

考えないと。

記録が見れないって、どういう状況?

記録を見せているのって、一体――

……その持ち主が、許可しているから?

なら、今私は


「…拒絶…された……?」


の?

お兄ちゃん達は見れていたはずなのに。

私は、拒絶か。

…あぁ、そっか。

これが愬達の感じていた疎外感、なのかな。

だとしたらあの顔になるのも分かる。

どうやって表現したらいいか分からないけど…。

心の何処かに穴が空いたような、そんな気持ち。

きっとこうなったのは、

兄達が見れていたから自分もできると、勝手に思い込んでいた私に対する罰だね。

そう、言い聞かせながらも。

予想していなかった展開に乱された思考。

私はルールを破っても、

ルールを壊しても、あの人達と同じようにここを使うことはできない。

――ルールを壊しても、ダメなら

きっと一生私は見れない。

だって私、壊す以外にできることないし。

あの人達に近づく手段が、破壊だったわけだし。

それすら使えないなら、もう。

どうしようもないよね。

なんて。

図書館に残ったのはその事実だけだったから。

あまりにも、私の中身は空虚になった。

自分が悪いと分かっているのに。

何もなく、

何も浮かばなくなった頭を連れて、部屋を出た。

諦めよう。

私が今やるべきことは、街へ行くこと。

それが私にできることだから。

私がやろうとしていたことだから。

それくらいはちゃんと、成し遂げないと。

そう思って。




屋敷の扉を固く閉めた。


◇◇◇


「レーニス姉ちゃん、久しぶりだな!元気にしてたか?」

「久しぶりだね、ユリウス。勿論元気だったよ」

屋敷の静けさを嗤うように、街は賑やかだった。

私へ真っ先に話しかけてきた少年は、誰かの兄であるはずなのに。

私の知っている兄とは、とてもとても似ていなかった。


「なあ、レーニス姉ちゃん――」


そんな、目の前の妹に宿った、綺麗ではない感情に彼は気が付かず。

普通に明るく接してくれる。

と、いうか。

人間は皆、そうやってくれる。

私がどれだけそれを特別に思っているか、君たちは知らないのだろう。

人の気持ちを軽くする、明るさを振りまく。

私にはできっこないことだよ。

だから、それが出来る君たちは、特別なんだと思っていた。

だけど。


「兄ちゃん――ちょっと、助けてほしいんだけど――」

「あ、ペトロスが呼んでる。ごめん姉ちゃん、俺行かないと!」


君たちにとって、それは普通の事で。


「大丈夫だよ。ほら、行ってあげな!」

「ありがとう!じゃあ、また!」


君たちにとってそれは、誰かを幸せにする為の手段で。

当たり前のこと、なんでしょう。

本当に羨ましいな。

私達はそんな、誰かの為に何かをするとか。

あんまりないから。

だから君たちと神は、永遠に分かり合えないんだよね。


「でも私は、分かり合えなくて良いと思っているよ」


小さくなった背に、救われた心を抱いて。

そっと微笑んだ。

私達兄妹があの子達のように分かり合えることは、ないだろう。

だって私達、神様になっちゃったから。

それが少しだけ寂しくて、少しだけ嬉しい。

――さあ、感傷に浸るのはここまでにしよう

どれだけ羨ましがっても、本当に欲しいものは手に入らないんだから。

私は私の出来ること、やるべきことを探して行くしかないでしょ。

人間が理解できないなら、神を理解しなさい。

いつだったっけ。

誰かが、そう言ったから。

彼が去った方に背を向けて、歩き出した。

あれだけ空っぽになっていたはずの心は、いつの間にか満たされていた。

やっぱり、人間って凄いんだよね。

私もずっとそうであれたら良かったのに。

「ダメダメ。友達へのプレゼント選びだから、明るく行こう」

上手く切り替えられない気持ちを説得しながら、目的地へと向かう。

心には、悲しい感情だけが残った。



人間はきっと、この感情を劣等感と呼ぶ。

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