一章.11「影」
心機一転。
正にその言葉通りだった私は、店先でお菓子の缶を手に取っていた。
「んー、梨奈はあんまり甘い物好きじゃないからなぁ…」
落ち込んでいた気分はどこへやら。
久しぶりに高ぶる気持ちに振り回されるがまま、私は街を歩いていく。
やっぱり、私を落ち込ませるのは人だけど。
私を回復させるのも人なんだよね。
小さな男の子へ抱いた劣等感も、何故か今は暖かくて。
今なら世界の全てを愛せる気がする。
愛、せ――
「ないかも、ね」
アクィラさんとレシアちゃんのような愛は、私にはないから。
それに、海神に相応しいだけあって二人の覚悟はとても強かったしね。
そんな彼女達のように振る舞うことは無理だ。
だけど、その覚悟を理解する事ならできるはず。
またレシアの記録を見に行こう。
レシアちゃんはきっと答えてはくれないだろうけど、彼女の行動から推測するくらいならできる。
…けど、なぁ。
「やっぱり質問できるのが一番なんだけどな…」
レシアちゃんだけじゃなくて、他の人達にも言えるけど。
記録から読み取るの、結構キツイ。
質問できたならもっと簡単だったのに。
私が今見れるのは、本当にただの記録だから。
記録に残ってることしかわからないよ。
だから――本人じゃなくても、近い考えを持った人が居れば。
もっと楽に……。
「…あれ、それなら」
…アーディアはその成り立ちが理由で、存続する限り必ず愛の神が必要だ。
先代と少しでも共通する思考を持った、ね。
つまりだよ。
当代の海神――シグナさんは、レシアちゃんの思考と何処か似通った思考を持ってるってこと。だよね。
よし。
シグナさんとの対面を何とかして成功させよう。
その為にはライラと、
「…あら、あなたはレーニスさん?」
「ん、えっ…あ、そうです…けど。………!!」
会う必要が、あったんだけど。
「多分、予想通りだと思うわ」
目の前の少女は、あまりにも神様だった。
だから私でもすぐに分かった。
彼女こそ、私が会いたくなった海神様だと。
◇◇◇
「ここじゃ目に付くし、別の場所でお話しましょう」
シグナさんからの提案に頷いた私は、街から少し離れた休憩所へ彼女を誘った。
ベンチに座った彼女はゆっくりと口を開く。
「初めまして、破壊神のレーニスさん。私は現在海神の名を名乗らせていただいている、ただのシグナです。一応、レーニスさんの次の次の世代の神、ということになります」
「初めまして。私は当代破壊神のレーニスです。挨拶が遅れてしまってごめんなさい。海神への就任、とても喜ばしいことと思います。今後は同じ世代に神になった者として宜しくお願いします。あなたの今後に、素敵な光が舞い込みますことを深くお祈り申し上げます」
交わされたのはしきたりに則った挨拶。
そして、無言。
挨拶なんてちゃんとやったことないから、これが合っているのかも分からない。
ただ一つだけわかったのは、
どの世代の神もこの挨拶を交わすときは心が苦しくなったであろう。ということ。
「シグナさ、」
「シグナでいいですよレーニスさん。私達、同僚でしょう」
だから、同僚なんて言葉を使うのは、反則じゃないかなぁ。
私以上に泣き出しそうな彼女の瞳を見てそう思った。
…そうだね。
私達は同僚なんだもんね。
でも、私――
私、シグナの事、同僚って思えるのかな
「すぐにその言葉を返してくれなくても良いです。でも、いつかきっと、私に返してくださいね。そうじゃないと――レシアに怒られちゃうので」
「…うん。ありがとう」
――そっか。
思えるか思えないかじゃなくて、思うしかないんだ。
シグナだってきっと、まだ受け入れられてない。
だけど彼女は神になると決めたから。
だから、わざとこんなことを言った。
シグナの見ていた神様はもういないし、
私の同僚だった神様ももういない。
だったら私達は、それを呑み込んで生きていくしかないんだ。
生きていく事で、何か答えを見つけないと何だね。
「シグナのおかげで何か大切なことを思い出せた気がする。ありがとう」
「お役に立てたなら、良かったです。…すみません、実は私公務を抜け出してきてるので…」
そろそろ戻らないと。
そういう彼女の目にも、もう涙はなかった。
「大丈夫。行ってきなよ」
だから私も、悲しい顔はしない。
「ありがとうございます。私、レーニスさんとお話できて良かったです。また会いましょう」
「うん」
彼女は背を向けて、足を踏み出した。
私はそれを見送る――筈だったんだけど、
「――レーニスさん。きっとあなたの力になるので、これを受け取ってください」
駆け足で戻ってきた彼女から、数冊の本とペンダントを握らされた。
本のタイトルに書かれているのは
『フィリアの記録』
『セレーネの記録』
『青蓮木ノ葉の記録』
『咲羽の記録』
で。
どれも今まで見たことがないものだった。
顔を上げると、彼女は少し寂しそうな、でも誇らしげな笑顔を向けてくれた。
「それ、欲しかったんですよね?役に立つ記憶かは分からないですけど、使ってください。…それと」
「そのペンダントは『海神の奇跡』の魔力が詰まっているんです。一回だけ、あなたの力になってくれます。私にできるのはこんなことだけですけど…これが、あなたにとっての最適解へ繋がる一つの欠片になってくれたら嬉しいです」
「それでは、またアーディアで」
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