一章.12「言えなかったこと」

それでは、と言ったシグナは何処か寂しそうな笑顔を見せて歩いていった。

そんな彼女の背は私より小さいのに、永遠の光を見せる神様そのものだった。

まるで『あの人』みたいに。

こちらの疑問など気がついていないかのように振る舞う。

絶対、気がついているのに。


「はぁ…その場で聞けないの、やっぱり治したほうがいい気がしてきた…」


そういうタイプと私はあまり相性が良くない。

何故なら、私には察してもらうことを前提として話してしまう癖があるからだ。

幼少の頃からだからどうしようもない癖なのだが、治さないと今後きっと困るだろう。

――だって、今回みたいな

今回みたいな明らかな違和感ですら、真相を知るのが後日になってしまうのだから。


◇◇◇


「――それで?どうして使えるのか聞いてきたの?」

「うっ…聞けてないです…」

台所に立つ更紗は、呆れたような哀れむような目で此方を見てくる。

…仕方ないじゃん。無理なのは無理だったんだもん。


「あなたの”言わぬが花”みたいな精神は素敵だけど、そういう時は聞けると良いわね……」


手を休めずに続ける彼女。

やっぱり同じ事を考えたみたいだね。

私もそう思う。


「そうだよねぇ……」

だけど言いながら思い出したのは、言わないで上手くいった記憶達。

言わないほうが良いことってあるけど、言わないといけないこととの区別がつかない。

それは自分で学ぶしかないのだろうか。


「そんなに一人で悩んでも、仕方ないわよ」

軽やかな音を立てて置かれる湯呑。

それを支えていた細い指は、主のもとに戻って別の指に包まれている。

彼女の瞳には迷いが見受けられた。


「分からないなら周りに聞けばいいじゃない。…例えば、わた――っ、今あなたの周りには悩みを聞いてくれる人がいるのでしょう?」


震える指を抑えて更紗はそう言いきった。

そっか、

頼ってもいいんだっけ。

彼らが聞いてくれるかは分からない。

だけど、お願いするくらいなら。


「うん、そうだよね。更紗ありがと」

「…いいのよ別に」


微笑んだ彼女は寂しそうだった。

だけどすぐに寂しげな顔は消えて、いつもの微笑みに戻っていた。

冷淡な結界管理人。

そんな二つ名をつけられた彼女の、どこが冷淡だというのだろうか。

彼女は誰よりも暖かくて、誰よりも周囲の人間に気を使える。

更紗が居なければ、私はとっくに――


「レーニス、そろそろ出発の時間なんじゃない?更紗も私も、神社の鳥居までは送れるわよ」


ううん、私だけじゃない。

梨奈だって、更紗がいないとだったんだ。


「もうそんな時間だったんだ。ありがとう、梨奈」


彼女達の優しさは、人とは違うけど。

神にとっては何よりも暖かいものだった。


◇◇◇


「じゃあね、更紗、梨奈!二人に会えて良かった!」

「ええ、私もよ。向こうでも元気でやりなさいね」

「…次はちゃんと、連絡してよね」


手を振る梨奈と、微笑む更紗。

二人にもう一度手を振って、鳥居を抜けた。

その瞬間、景色が一変して

鳥居の向こうには二人の姿はなく、

立派だった神社は壊れかけの神社と為った。

――いつ見ても驚かされるなぁ

更紗の結界術には。


山の上の美しい神社に、人が来ないのには理由がある。

まず、神社というのがこの国の人からしたら異文化であること。

そして、昔とはいえ神がいた国に別の神を祀る場所なんて、無礼にも程がある。と考える人が多いこと。

…なにより、その神社があまりにも荒廃していること。

『こんな神社なら来たくないでしょ?』

そう更紗は言っていた。

彼女はとある理由から妖怪が嫌いだ。

そして同じくらい人間と関わることを嫌っている。

だからわざわざ「誤認識の結界」を張って、人が来ないように神社の外観を変えている。

鳥居を潜ったことのある人だけが立派な神社の姿を認識できる。

更紗にとって、変えられた神社の外観を見ても尚神社へ参拝に来る人は信頼できる人物。

だから彼女は結界を張るのをやめないし、

そもそもやめるという選択肢もない。

参拝客が来なくても、彼女達が生活に困ることはないからね。

…お兄様が支援しているもの。


「戻る前に、一回家に帰ったほうがいいかな」


やめよう。

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