一章.9「見失った」

「そっか。ごめん」

お兄ちゃんにそう言われてから、全てが脳を通り過ぎていくような気がした。

ただ、頭が真っ白になって。

自分が何を考えて、何を言ったのかが分からなくなった。

ただ一つだけ、分かっているのは…。

ごめん。なんて、言わせるつもりなかったのに。

そんな感情一つで。

お兄ちゃんの去ったこの部屋で、私は座り込むことしかできなかった。


◇◇◇


「…メランコリアの反逆の件、調べないと…」

座り込んでから暫くして、ふとその事を思い出した。

私が今日ここに来たのはお兄ちゃんと話すためじゃない。

過去にメランコリアで起きた出来事を知るためだった。

だってその出来事を知ることができれば、愬や咲羽、木ノ葉さんへの疑惑も解けるし…

…きっと、夜宵への考えも変わるんだよね?

「木ノ葉さん……」

早く、大切な彼女達の疑惑を晴らさないと。

中々言うことを聞かない足を動かして立ち上がる。

何故か分からないけど、家の図書館にはこの世界の歴史全てが記録されている。

幼い頃、私もよく図書館へ足を運んだっけ。

中に入るだけで、本を読ませてもらえることはなかったけど。

お兄ちゃんが本を読んで、その内容を話してくれたっけ。

「きっと私には許可が降りないんだろうな」

これから先もずっと。

ずっと、私は許可が貰えない。

でも私はそれでいい。

許されていないなら、それでいい。


――そんな『事実』は壊してしまうだけだから。


右手に溜まる神力。

久しぶりに扱うわけでもないそれは、すぐに思い通りに動いた。


◇◇◇


手を伸ばした、本棚の前。

目的の本を見つけてはいないが、とある事を確かめたくて私は。

あろうことかそこで立ち止まっていた。

管理する者は疾うの昔に去ってしまって。

もう何も私を咎める者はいないというのに。

「…大丈夫、私に課せられたルールはもうないよ」

自分のために言い聞かせる。

声でさえ、震えていた。

大丈夫。

私はルールを壊したんだから。

何の問題もない。

わかっているけど、中々本を開くことはできなかった。

私は結局、怖がっているんだ。

知りたいことがやっと知れるかもしれないのに。

その機会を無駄にしようとしてるんだ。


―――、


―よし。

本の表紙に手をかける。

震えていない手が、ゆっくりと本を開いていく。

分厚い表紙が隠していた文字は――


「………白紙?」



透明だった。













だから私は願ったんだ。

「『記録を見せて』」って


次の瞬間、

風が吹き荒れ、光が辺りを包みこんだ。

やがて私の意識も切り替わり、

私の体からは色彩が遠のいていく。

――やっぱり。

これは、ただの本じゃない。

これは――記録だ。

タイトルもない、いつか何処かで生きていた誰かの記録。

『相当長生きな』誰かの記録。

小さい時、気になってたんだ。

ここにある本全てが同じ見た目なこと。

どうして同じ本を、同じ場所に保管してるんだろうって。

ずっと思ってた。

だけどあの日、ライラに渡された本を見て気づいたんだ。

これは全部同じ本なんじゃない。

少しずつ、少しずつ、違う物語が収録されているんだと。

――ここにある本は彼女達のものとは違い、全てタイトルがないけれど

同じ見た目。

同じ分厚さ。

同じ白紙。

流石に私も馬鹿じゃないから試してみるよ。

「本当に上手くいくとは、思ってなかったけど」

その前に思ってたことなんてどうでもいい。

だって私は成功したんだから。

きっと、成功したんだから。



光の終わりが遠くに見える。

目の前と思われる場所に手をかざしても、もう何も見えない。

足元の感覚も既に失せ、

私に残されたのは視覚と聴覚、そして思考のみとなった。

今から訪れるのは「全く知らない誰か」の記録。

予想もつかないそれに、少し身構えてしまう。

――大丈夫

多分、大丈夫だよ。

光の終わりは、もう眼前にあった。

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