一章.4「罪人」
今まで一切木ノ葉さんに関する話題を話さなかった夜宵が、木ノ葉さんについての話の場にいる。
それだけでもう異常事態だと思った。
だって、夜宵は一生話してくれないと思ったから。
その話題を何よりも嫌っていると思ったから。
…だからこれは異常事態。
だけど私にはそれを指摘するだけの気力はない。
正直、木ノ葉さんについて聞けるならもうなんでも良いと思ったんだ。
「夜宵…お前からは話せないんだよな。…我が説明しても良いのか?」
「うん」
「お前は本当に、破壊神…いや、レーニスにこの話を伝えるつもりなのか?」
「うん」
「…そうか」
目の前で最終確認を取る愬。
夜宵はいつもの元気はなく、愬の質問にもただ同じことを言うだけだった。
そんな彼女の様子を見て思わず聞いてしまう。
「…そんなに、思い出したくないことなの?」
「…何も言えません」
「そう…」
また沈黙。
暗く重い空気が漂う中、愬がゆっくりと口を開いた。
「今から話すのは、先代獣神である青蓮木ノ葉の死の間際に起こった事件についてだ。…何も知らないお前が聞くには、かなり衝撃的かもしれない。だが、それでも聞くだろう?」
間髪入れず返事をする。
もちろん、と。
◇◇◇
それは、何の変哲もない普通の日のこと。
木ノ葉に来客対応を任された夜宵は、台所へと向かっていた。
神の次に位が高い眷属とはいえ、彼女は木ノ葉の従者。
夜宵にとってそれを行うのは至極当然のことだった。
しかし客観的にみれば、夜宵が指名されることは珍しい事。
周りの人々からの視線は痛かったが、
それでも彼女はその意味を深く考えずに仕事をこなしていた。
来客と木ノ葉が対面するまでは、だが。
「木ノ葉様…?何を、して…」
鮮血に溺れた部屋の中で彼女はそう呟く。
手に持ったお盆は宙を舞い、軽やかな音を立てて湯呑みが割れる。
まだ息のある来客を助け起こした夜宵にかけられたのは、主の冷たい言葉。
「夜宵、この国には戦が必要だと思わない?」
その言葉に夜宵が頷けるわけもなく。
彼女は主を置いたまま、同僚達を連れて城を離れた。
暫くして舞い込んできたのは、神である木ノ葉が国や他の神に対して叛逆を起こしたという知らせ。
ある者はそれに怒り狂い、ある者はそれに咽び泣いた。
民衆を統治するものもおらず、国は混乱の渦に突き落とされることになった。
打倒木ノ葉を掲げても、それを達成できる程力者はいない。
泣いていようが事態は改善しない。
そんな、怒りのやり場がなくなった民衆が目をつけたのは、
夜宵を含めた城に仕えていた者たちだった。
「殺せ!!」
「叛逆者を殺せ!!!」
決戦の日。
夜宵の後ろで、民衆達はそう叫んでいた。
彼女達に対峙するのは、他でもない木ノ葉自身。
木ノ葉は一言、「残念だわ」と告げて刀を抜いた。
「木ノ葉様、いえ、師範…!!本当は全部、嘘なんですよね?」
「嘘なんかじゃないわ。私が争いを好むのも、この国を壊したいのも、貴女達の事が嫌いなのも全部、本当の事よ?」
「そんなわけない!!だって私が見てきた貴女は…!!!」
「どうしてそう言い切れるのかしら。貴女は私を見てきたつもりになっているだけじゃなくて?」
「っそれは…!!」
二人が決着をつけた後、当初の予定では勝者が罵詈雑言を浴びるはずだった。
そして民衆が密かに用意した軍隊により、勝者が襲われるはずだった。
しかし、決着がついた時。
勝者は皆から褒め称えられることになる。
何故かというと、
相手の胸を貫けたのは、夜宵だったから。
◇◇◇
「先代獣神は死ぬ寸前にこう遺したそうだ。…『えぇ、嘘よ』と。…その後、夜宵が真意を聞く前に彼女は散ってしまったのだが…」
「あ…うん…え……?木ノ葉さん、って……」
俯いている夜宵に目をやる。
今の話が本当なら、木ノ葉さんを殺したのは彼女ってことで…。
でも彼女は木ノ葉さんの記録が知りたくて…
というか眷属の皆が、木ノ葉さんの記録を気にしている。
それはきっと、木ノ葉さん以外の神と同じように、死の間際が気になるから。
でも…どうして?
木ノ葉さんの死の間際は分かっているでしょ。
だって木ノ葉さんは、
夜宵が―自分で殺したんでしょ?
「わ、たし…ちょっと用事、思い出して……」
可笑しい。
そんな事あるわけない。
私が見れた過去の木ノ葉さんは、
彼女は夜宵の事をとても大切にしていて…
それで、命に代えても守ろうとしてて…
なのに、なんで?
叛逆って何。
なんでそんなことしたの?
夜宵には伝わってなかったの?
ねぇ、なんで?
なんで夜宵は木ノ葉さんを殺したの…!!
だめだ。
分かってる。
この結末は夜宵の本意じゃない。
だから、夜宵のせいじゃないし、
木ノ葉さんのせいでもないって。
――木ノ葉さんのせいじゃないの?
違う。
きっと誰のせいでもない。
私はちゃんと分かってるけど。
木ノ葉さんが死んだのは夜宵のせいで。
夜宵が木ノ葉さんを殺したのは民衆のせいで。
でも民衆が混乱したのは木ノ葉さんのせいで。
…そんな民衆の要求を呑んだのは、夜宵で。
夜宵が殺した。
夜宵のせいだったんだ。
誰よりも信頼していた眷属に、
木ノ葉さんは…
『一方向からしか物事を見れないなんて…あの子とは大違いね…』
「っ…!!愬、夜宵、ごめん、私帰るっ……」
「大丈夫か?少し休んでいったほうが」
「大丈夫。大丈夫だから!!!」
聞き覚えのある声。
大嫌いな声に、
目が眩む。
だから整わない思考に触れて、
ぐちゃぐちゃにする。
覚束ない足で立ち上がった。
瞬間、痛みが走る。
近くで聞こえる陶器の音。
ああ、割れたんだ。
そう思った時、
私の視界が暗転した。
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