一章.5「全てが楽しい思い出」

夢を見た。

「レーニス」

私を呼び、優しく微笑むお兄ちゃんを見た。

「…お兄ちゃん」

「うん。どうしたの?」

幼い姿のお兄ちゃんが、

私に目を向けてくれている。そんな幸せな夢を見た。

「ううん。なんでもないよ」

それはどうしようもなく夢だった。


◇◇◇


「…ん…ここは…?」

光と共に音が戻る。

柔らかなベッドの上で考えた。

そっか、

「私、寝ていたんだ…」

「…寝ていたと言うより、気絶していたというべきだけどね」

不意に聞こえた声に驚き、横を見る。

ベッドの側には、椅子に座りながら本を読んでいる秋が。

おかしいな。

私はさっきまで、愬達と居たんだけど…

今目の前にいるのは秋。

なら…もしかして、ここはウァリティア?

窓を見上げる。

そこからは深緑の綺麗な森が見えた。

「君の想像通り、ここは生命の森ウァリティアさ。…一回は来たことあるだろう?」

私の心を見透かしたかのように秋が言う。

それに対する返答を考え、口に出すのを止めようと思う。

「…あるよ。フィリアに案内された、から…」

が、気が付いたら口に出してしまっていた。

「そう。…なんでもいいけど、起きてしまったならもう一度眠るといい。そんなに疲弊したままでは何も得られないだろ」

私の言葉に、案の定秋の顔は曇る。

…なんで私は言ってしまったんだろう。

今そんな話を求めている人は誰もいなかったのに。

そうやって自分の行動を反省しながら、今度こそちゃんとした返事を考えた。

「秋、その、ごめ……。私疲れてないし、このまま帰るよ……」

だけど返答には、謝罪だけが上手く乗らなかった。

…私は謝罪が怖い。

のかな。

…多分。

でも軽く過去を遡れば、

軽々しく謝罪を口にする私が。

ならどうしてだろう。

私が謝罪を躊躇うようになったのは。

時の流れによって、その答えは曖昧になっているけど。

たしか、


『すぐ謝るのね、あの子とは違って』

「〜〜〜っ!!ごめんなさい、お母さ……」


『お母様って、呼ばないで』

「……秋、やっぱもうちょっとだけ、休ませ、て…」


そう。

私の行動の全ては、

全部、

全部、

全部、

全部、あの人によって…

目眩に抗えずにベッドに倒れる。

「大丈夫か…!?」

「大丈、夫……」

心配して覗き込む秋の顔を最後に、

私の意識はまた途切れた。


◇◇◇


「レーニス、お母様が花に水あげてって言ってたから、一緒に行こう?」

「うん、お兄ちゃん!」

広い広いお屋敷の中。

私とお兄ちゃんは二人ぼっち。

でもいいんだ。

私にはお兄ちゃんがいるし、

お兄ちゃんには私がいる。

あと数日すれば婚約者のスペス様も来るんだよ。

ね、結構賑やかでしょ?

それにね、

「レーニス様、ニヒル様、俺もお供していいですか!」

私達には唯一仲良くしてくれる従者もいるの。

だから大丈夫なんだ。

お母様が私に目を向けてくれなくても。

お兄様と会うことができなくても。

お屋敷の皆に何か言われてても、ね。

皆がいるから!

「よし、皆で花壇まで行こうね!」

「はーい!」

願うのは、ただこの日常が続きますように。

それだけだった。


「見て、あれ…」

「あぁ、あれが噂の…妹なのに神力の大半を奪っていったっていう……」

部屋から一歩出れば、陰口が聞こえる。

そんな場所が私の世界の全てだった。

「全く、あいつらは……。レーニス様、気にしなくて良いですからね」

「大丈夫。もうずっとこうだし、全部本当の事だから…」

数年前に判明したのは、残酷な事実。

双子の神力が平等でないということ。

ただでさえ、一人の神力が半減してしまう双子は嫌われる立場だったのに。

私達は半分ずつじゃなかった。

私は双子という一人に与えられた神力の、七割を奪って生まれてしまったのだ。

「今日はお兄様が創造神に就任する日だったよね?お兄ちゃんはまだ起きていないの…?」

「はい…中々起きてくれなくて。レーニス様も一緒に起こしてくれませんか?」

変わらぬ事実を抱きとめながら、彼に頷く。

そうだ。

今日はお兄様の祝いの場なのだから。

こんな事考えてる場合じゃない。

しっかりしなさいレーニス。


「うそ、うそうそうそ!!そんな事あるわけ…!!!」

自分の手を凝視する。

あり得ないくらいに溢れ出すソレは、

嫌な予感を増長させた。

可笑しい。

こんなことあるわけない。

「誰かの魔力が、そっくりそのまま移ってきたみたい。…どうして…!!」

神として認定される為の最低ラインを大幅に超した魔力量。

それは、双子である私達には絶対に手に入れられないもので。

『一生手に入らない』はずでなければいけないものなのに。

見知った魔力が不足分を補っている。

…魔力だけでなく、神力までもを。

喜びたい?

喜びたくない。

だってこの魔力は私のものじゃない。

これで神になったって、嬉しくないよ。

―違う。

本当は気付いてる。

この魔力が誰のものかなんて。

私が喜べない本当の理由だって。

気付いているんだ。

「レーニス!!庭で、スペス様達が…!!!」

「…!!お兄ちゃん、案内して!!!」


私が駆けつけた時、

スペス様は既に傷だらけだった。

「…っ、レーニス!?」

彼の目の前には大型の魔獣がいて。

流石に私でも分かった。

スペス様はこの魔獣に勝てないと。

「絶対、レーニスに手は出させない。魔獣よ、去れ!!!」

「っ…スペス様!!!待って…!!!」

なのに彼は立ち向かっていって。

私の伸ばした手は虚しくも空を切るだけだった。


「これいい。これで良かったんだよ、レーニス」

「いや。やだよ。スペス様、全然良くないよ。私はあなたと…」

「君は僕に縛られるべきじゃない」

「どういうこと?ねえ、私は…」

「レーニス、婚約解消しよう」

「え………」


「お兄ちゃ、」

「ごめん。話しかけないで」

「…うん。ごめんね」


「今日から俺はお兄様のお手伝いをさせてもらうことになったから。レーニスと会う時間は少なくなるけど、いい?」

「あ…うん。いいよ。頑張ってね」


「お兄様、お兄ちゃんの次のお休みっていつですか?」

「そうだね…ニヒルには休みを取るように言ってるんだけど、全く取ろうとしないから…」

「そう…ですか…。ありがとうございます」


「僕とお兄様で遠出することになっちゃたんだけど、大丈夫?」

「う、うん!大丈夫だよ!」


「レーニス、僕等は神として認定されたから他の席の人に挨拶しないとだよ」

「分かった。行こう」



「初めまして。私は神の統率者を引き受けさせてもらってる、守護神の咲羽よ。これからわからないことも沢山あると思うけど、だからって気を使う必要はないからね」


「ふふっ、私達、結構気が合うのね。今度お茶会でもしない?」



「初めまして。私は生命神の…フィリアよ。仲良くできると嬉しいわ」


「あら、分かる?ここのお花、私が育てたの!どう?あなたにも一輪あげましょうか?」



「初めまして、ニヒルくんとレーニスちゃん。私は海神のアクィラ。」


「私はあなたの黒髪、いいなって思ってて。ええ。だって、まるで深海みたいに暖かいから」



「双子の神なら、きっと寂しくないわね。…私は獣神の青蓮木ノ葉よ。よろしくね」


「双子だからって何も思わない。私、差別嫌いなのよね…。だからほら、安心していいのよ」



「私は月神セレーネ。月から来たの。…仲良くしてくれたら嬉しいわ」


「あ、これ?これはね…ステラが作ったの。何に使うかはわからないんだけどね」



「僕は時空神候補の空舞。そしてこっちは弟妹達。よろしくね」


「空舞、奏汰くん達は元気?」

「奏汰達?…奏汰達、は…。うん、元気だよ」

「そっか。私、しばらくこっちに来れなくなるから…皆にありがとうって伝えておいてくれない?」

「うん…いいよ」

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