一章.6「それが神様」
「ね、ねぇ…」
その日、自分の喉から発せられた言葉は酷く震えているように感じた。
焦点が合わない視界は、どんな感情からなのか。
冷や汗が流れて、不快感に手を握りしめた。
複雑な顔をしながらそんな私から目を背ける彼ら。
「どうしたの、これ…」
ぎりぎり絞り出した言葉は、意味を為さない。
だってこの現状が変わるわけじゃないから。
皆わかってる。
から、何も言われなかった。
でも私は信じられない。
だって、こんな。
おかしいじゃん。
皆で笑ったこの場所が、
皆と作っていったこの場所が、
面影もなく崩れているなんて。
「あの、さ…っ咲羽は、フィリアは…」
「咲羽は、あいつは……」
「っ……アクィラは、木ノ葉は?それに、セレーネも…空舞も、舞花ちゃんも…!!」
「……」
「……」
これ以上は言いたくない。
そんな顔をする彼ら。
私だって聞きたくない。
双方とも何も言いたくなかった。
暫くの間、沈黙が続く。
誰も動かなかったし、
動けなかった。
けれどその沈黙を破った子がいる。
「…皆さん、お帰りになられたんですね」
「…夜宵」
それは、桜色の髪が可愛らしい少女。
猫耳に押され、二つに結ばれた髪が柔らかく揺れていた。
「――以上が、レーニス様がいらっしゃらなかった間の出来事です」
「そう…」
夜宵と呼ばれた少女は、来てそうそう全員を席につかせた。
そして”誰も話したがらなかった現実”の詳細を教えてくれた。
その詳細というのは、
破壊神と創造神…つまり、私達兄妹が姿を消した後、咲羽達は眷属をとった。
眷属達は神に仕える身として、全力で彼女達を支援した――
――が、突如訪れた厄災によって彼女達は皆死んでしまった。
まるで、始めから結末を決めていたかのように綺麗に。
眷属達が気付いた頃にはもう、彼女達は止められなかったのだそう。
こういうとき、普通の人間だったら悲しむ素振りを見せるのだろう。
だけど私は神だから。
他の神が死のうが関係ない。
そんなこと、わかりきってたことだから。
「…話って、それだけ?なら私帰りたいのだけど」
「は…?それだけ、ってお前…」
秋が声を上げる。
まあそうだよね。
大好きだった神の訃報を、「それだけ」って。
あなた達と同じ立場なら、私だって怒る。
だけど私は今神なんだってば。
誰かを守るためには、嘘が必要。
そんなことわかってるよね?
「それだけ、って言う事の何が悪いの?私はただ、それだけなんだなぁって思っただけよ」
「…咲羽達が亡くなった事に対して、何も思わないのか?」
冷たい視線が心臓に刺さる。
何も思わないよ。
うん。
だって、それだけのことだから。
あの子達が死んだのは、
ただ、
実力が足りなかっただけでしょ?
ねえ、
そうなんだよね?
「何も思わない。だって、ただあの子達は実力が足りなかっただけだから」
考えるより先に口から出る言葉。
私の言葉は、いつだって誰かを傷つける。
「…ちょっと今の言葉は看過できないかな」
それを証明するかのように、
穏やかな雰囲気だったライラでさえ氷点下の視線を送ってくるようになった。
でもしょうがないでしょ。
私は
神様なんだから。
私達は、
神様だったんだから。
「っだって、神なら皆わかってることよ。実力さえあれば死なないなんて、そんなこと…」
「…セレーネは実力が足りなかったんじゃないよ。勝手な妄想で話をしないで」
哀しそうな目をしたステラがそう呟く。
わかってる。
こんな事言われたら泣きたいよね。
私だって普通に傷ついたりする。
私だって泣きたくなることもある。
あなた達の気持ちが分からないわけじゃない。
むしろ分かるんだよ。
痛いほど分かってる。
だけどね。
咲羽達はきっと、それを望んでないの。
神様って、そういうものだよ。
「貴女はきっと知らないと思いますけど、木ノ葉様は…国のために…!…私達の前でこれ以上、あの方たちを侮辱しないでください…!」
「…とにかく、実力不足で死んだ神に興味なんてないから。私、帰る」
くるっと振り返り、もと来た道へと足を進める。
綺麗な花畑だったそこを横目に、
私はあの子達の笑顔を思い出していた。
…うん。
此処は太陽みたいな場所だったね。
「お前、ちょっと待て!!」
「このまま帰すと思う!?」
後ろから聞こえる怒号。
気にしないようにして歩いた。
出口までが永遠かのように感じられる。
あーほんと。
こんな話のために私、呼ばれたの?
そんな報告要らないのに。
さっさと新しい神を立ててくれればそれで良いのに。
なんで…。
なんで、さぁ。
「…もう少し、我らの話を聞け!!」
グイッと引っ張られる右腕。
やけに力強いそれで、じわじわとした痛みが上ってくる。
なんで引き止めるのよ。
こんなやつここに居ないほうがいいでしょ。
――違う。
やめてよ。
引き止めないでよ。
私はここにいる資格ないの。
「私はっ……」
明瞭さを失っていく視界。
弱いなぁ。
腕を掴む愬に目をやる。
彼の顔は見えなかった。
その代わり、耳に届いたのは、
「……お前は…」
「……はぁ」
「っ……!」
震える声と、息を呑む音だけだった。
◇◇◇
「――っは!?」
目を開く。
朝の優しい光が私を照らしていた。
…私は今、何をして…?
そんな疑問だけが頭を過る。
確かに私は夢を見ていた。
異様な程に鮮明な、ね。
意識まで持っていかれるようなあの夢は…
まるで、あの――
コツンという軽い音と共に、指先に固いものが当たった。
「…え?これは…」
目線を移す。
そこにあったのは、私の推測を裏付けるものだった。
あぁ、やっぱりさっきは記録を見てたんだ…。
それにしては可笑しな点が多すぎるけど…。
目の前に本がある以上、真実は変わらないだろう。
「…秋に迷惑をかけちゃったな。早く戻ろう」
思考を掻き消してそう呟いた。
これ以上迷惑をかけたくない。
自分の人生を写した本を手に取って、急いでベッドから降りる。
ベッドが軋んだ時の僅かな音が、私に小さな孤独を見せた。
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