序章.2「そんな記録」
私が神様になった時、この世界の神は九人になった。
一人目。守護神であり神々の首席、グローリアを治める咲羽。
二人目。生命神であり神々の次席。ウァリティアを治めるフィリア。
三人目。
四人目。獣神としてメランコリアを治める青蓮木ノ葉。
五人目。月神としてグラを治めるセレーネ。
六人目。時空神としてイラを治める時乃空舞。
七、八人目。破壊神でありながら、人として暮らす私とニヒルお兄ちゃん。
九人目。創造神でありながら、ここ数百年姿を見せない…お兄様。
皆それぞれの仕事を全うし、神として生きているのに――
私達三兄妹は、何もしていない。
そんな中で神様になって良いのかと不安になることもあった。
でも皆はそんなこと気にしなかったし、
生きたいように生きればいいと。そう言ってくれたから。
会議場もいつも和やかで。
私はその雰囲気が好きだった。
いつまでも皆と一緒に居られたら良かったけれど、私とお兄ちゃんはお兄様の意向で姿を隠す事になり。
そこから数百年…彼女達に会うことはできなかった。
だから私は彼女達に眷属が出来ていたことも知らなかったし、
私達の住む街の外で「厄災襲来」なんて起きていたことも知らなかった。
何故なら私達の街――市街ヒュブリスは創造神による結界で覆われていて。
お兄様は私を外に出すことに抵抗しかないみたいだったから。
私はアクィラが娘のレシアに神の座を譲っていたことも聞いていない。
だから全てを聞かされたのは、
咲羽達が消えた会議場。
「なんでこうなったんだっけ」
暗いこの場所で、机に突っ伏しながら呟いた。
手元に置いてある本。
そこには、レーニスの記録とだけ書かれている。
…きっとこの本は、私が死んだら完結するのだろう。
彼女達…咲羽達と同じように、私も記録になるのかな。
面白みもない、ただの記録になってしまうのかな。
なんの気もなしに手を触れる。
「―さて、逃げ回ったことについて説明してもらおうか」
耳に届いた声に、瞬きをして。
――なんだっけ。
なんて思った。
ああ、そうだ。
私は当代の神様達から逃げてたんだった。
◇◇◇
「あの…私、何のことだかさっぱり…」
嘘をつく。
「秋に嘘は効かないよ。諦めたほうがいいと思う」
すぐに見抜かれた。
「はぁ……」
私家に帰りたいんだけどなぁ…。
ちらっと彼らに目をやると、
絶対に逃さないという意思を感じた。
どうしよ。
「結界と結界師のせいで随分苦労させられたが…どうやら君達は打ち合わせ済みじゃなかったみたいだ」
先程「秋」と呼ばれたその人はせせら笑いを浮かべている。
彼はどこか生命神…というか、フィリアみたいな雰囲気がある。
魔力の性質的にも、恐らく彼が生命神の後任なんだろう。
…フィリアはまだ、1000年くらいしか生きてないよね?
それなら、世代交代するような年齢じゃないはずなのに。
「…黙られると、少し困るんだが」
考え込んでた私に、狐の耳を持つ少年がそう言ってくる。
…あー。どうしよっかなぁ。
万が一を考えると、自分から神の座を明かすことはしたくない。
『破壊神』レーニスとニヒルは、疾うの昔に失踪したことになっているし。
何より、私が勝手に決めてしまえばお兄ちゃんに迷惑がかかる…。
ここはやっぱり、嘘で切り抜けるしか…
「えっと…私はただの人間なんですけど…貴方達は…?」
「この期に及んで白々しいよね、君。全部わかってるだろうに。…まあ、しょうがないよね」
恥ずかしがり屋な神様のために、自己紹介でもしてあげるよ。とその人は微笑んでくる。
…神様、ってところまでバレてるんだ…。
更に面倒なことになった。
けどまあ、バレてなかったら追いかけてこないか…。
――しょうがない。
「…じゃあ、自己紹介をしてくれるかな?」
「うん、そうだね。是非聞かせて頂きたいものだわ」
向こうがこちらと交流したいのなら、応じてあげる。
お兄ちゃんと2人で、だけど。
「…なるほど。兄妹の神だとは聞いていたが、まさか双子だったとは…」
突然現れた私の片割れ。
狐耳の彼は、お兄ちゃんを見てから口に手を当てて考えるような素振りを見せた――
が、すぐに顔を上げて話し始める。
「我は先代守護神、咲羽の眷属で…現守護神代理の愬だ。突然押しかけてしまい、申し訳ない。…此方も少し、焦っていたんだ」
言い終わると愬は頭を下げた。
…なるほど、和解の方向に持っていくことにしたのね。
まあお兄ちゃんには何の効果もないけど…。
なんて考えていたら、気付いた。
彼の蒼い髪を纏めるのは、咲羽の付けていたリボン。
いつだったか、私はその意味を教えてもらってて…。
確か、その意味は…。
『大切な人』だったっけ。
…咲羽って、こういう人が好みだったんだ。
センター分けの前髪と、何故か伸ばしている右の横髪。
その横髪を結ぶリボンを解いて、バッサリ切ってみたら…
いつか、木ノ葉さんのところで反逆してた人にそっくりになりそう。
もしかして兄弟なのかな?
だとしたら…どうして咲羽がこの子を眷属にしたのか、わからなくなる。
それに、守護神代理の意味も…。
けどまあ、今はそんな事関係ないか。
軽く会釈をして、次を促す。
口を開いたのは『嘘は効かないよ』といったあの人。
「じゃあ、次は僕が。僕は先代海神の眷属で、今は海神様の補佐役をやらせてもらってる。名前はライラ。性別は決まっていないから、呼び捨てでいいよ。よろしく」
ライラと名乗ったその人は、長い二藍色の髪を右側で三つ編みにしている。
私の中で二藍色と言えば、海神のアクィラ。
深海で輝く彼女も、後ろ側でゆるく三つ編みをしていた気が。
ライラの、どこかふわっとした結び方は、アクィラさんと似ている。
彼女の子供は、元気だろうか。
「次、私が。僕は先代月神の眷属、ステラ。ライラと同じく性別がないから、ステラって呼んで。あと、一人称がぐちゃぐちゃなのも気にしないでほしい」
ペコリと頭を下げるステラ。
サイドテールがパサッと落ちる。
まるで女の子みたいだけど…性別不詳何だよね?
それに、どことなくライラとステラが似てるなぁ。なんて考えて、
つくづくこの世界の仕組みって面白いなと思う。
もしかしてこの二人は遠い親戚なんじゃないの?
ほら、体を構築する物質も似ていそうだし…
…だめだめ。
気になるけど、今それを考えたらキリがない。
思考を無理矢理軌道修正する。
えっと…ステラはセレーネさんの眷属だったんだ。
月の民だったセレーネさん。
彼女の眷属ということは、ステラもきっと…。
「考え事してるとこ、悪いんだけど。僕も話をしなきゃいけないみたいでね。…僕は先代生命神、フィリアの眷属であり当代生命神、の秋だ。君のお友達さんと同じ、自律人形だよ」
少し癖っ毛気味の彼は、面倒くさそうにそういった。
名前の通り、彼の暗い橙色の髪と、綺麗な金眼は、まるで秋の紅葉のようだった。
確かフィリアの髪は、毛先が黄金色になっていた気がする。
彼女のそばに秋が居たら、きっと映えるだろう。
…和風の服を着ているのは、彼が自律人形だからだよね。
聞きたいけど…
まぁ、この話はまたいつかでいっか。
自律人形の殆どはその生まれ故郷の話を好まないから。
「…レーニス」
考え事をしていると、そっと声をかけられた。
…そっか。
次は私達か。
「うん」
お兄ちゃんに頷いて、彼らにお辞儀をする。
私達は神様だから。
双子の破壊神だからね。
でも、お兄ちゃんがそれを言うとは到底思わない。
お辞儀と同時に自分達の形質を偽装した。
その理由は――
「初めまして、当代の神様方。僕達は君等の言う”先代様”の時代の神だ。創造神と破壊神、二人でそれを請け負っている。僕がニヒルで妹がレーニス。以後、お見知りおきを」
私のお兄ちゃんは、嘘つきだから。だよ。
お兄ちゃんは貼り付けた笑みで挨拶する。
秋はそれを察知したのか、全く同じ笑みを返してきた。
この二人の笑みはどこか似ている。
だけど、お兄ちゃんと秋とでは根本的に何かが違うような気が。
でもまあ虚ろな笑みなことは変わらないし。
「ニヒルの妹のレーニスです。見ての通り、双子の神よ。私達は随分長い間姿を消していたのだけど…どうして今更、探しに来たのかしら」
それは私も大概じゃないから。
人のことは何も言えない。
私達は『同類』だもんね。
端から見た今の私達は、とても和やかな対話なのだろう。
ナイフのように鋭い警戒を、絶対に自分達の望みを叶えるなんて欲望を笑顔の裏に隠しているのだから。
さぞ平和的な光景なのでしょう。
でもまあ。
結局、神やそれに近しいものは本質が同じってことは誰でも知っている。
誰か一人の意図に気がつければ、もしかしたら違った見方ができるかもね。
――なんて、誰かに気が付いて欲しいと願う私は、恣意的だろうか。
「随分冷たい対応を取るものだ。僕は今生命神で、君たちの同僚になったというのに」
「いきなり来られて、同僚ですって言われてもさ。飲み込めるわけがないよね?」
「僕なら話くらいは聞くと思うけど。君たちはそれもできないのかい?」
うん。
やっぱり、皆どこか恣意的なのよ。
神のルール的には、私達は彼らを同僚と見なさないといけない。
だけどそれを強要する権利は誰も持ち合わせていない。
つまり、今交わされたこれらは全て我儘。
個人の意思しか反映していない、
いわば意味のない発言。
けれど、神様の会話なんてよくよく聞けばこんなものばっかりで。
それでも国が保てているのは、
世界が平穏でいられるのは…
その”恣意的”が他者の為だったりするからだ。
「あのさ、私達は…そこまで素直じゃないし、寛大でもない。正直、この会話に必要性を見出せないわ。だから、言いたいことははっきり言って」
「はぁ…そんなに牽制しなくてもいいだろう。我らは別に、危害を加えようとしているわけではないのに」
「だから何?私はただ、感想を述べただけだよ」
私の言葉でこの場から笑みが失われる。
和やかな雰囲気は消え去ったが、私はこっちのほうがすきだな。
だって変に気を使われたり、媚びへつらわれるのは嫌いだし。
それに、これなら…もしもの時の言い訳が効く。
最悪、能力を使って切り抜けられるからね。
「確かにそうだね。ステラもあなたの立場だったら、そう思うしそう言うと思う。あなた達からしたら、大切な時間を奪われているんだから。…だけど、私達は聞いてほしいことがあるんだ。あと少しだけ時間をちょうだい」
ステラの真剣な顔に、少したじろぐ。
幼い子の姿で言われると、流石にちょっと考えてしまう。
そんな己の弱さにため息を付き、
先程の物騒な考えは奥へしまった。
周りを見渡せば、
未だに笑顔なお兄ちゃんやライラに秋。
無表情な愬。
真剣なステラ。
そんな異様なメンバーの姿が映る。
やっぱり…一番の嘘つきは、私かもね。
諦めて口にした。
「とりあえず、簡潔に要求を教えてくれる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます