序章.2「そんな記録」
この世界に居た神は、9人だった。
咲羽、フィリア、アクィラ、木ノ葉、セレーネ、空舞、私、ニヒルお兄ちゃん、お兄様。
それぞれ、守護神、生命神、
そして、神々の統率者という地位に守護神の咲羽が就いていた。
でも皆立場なんて気にしていなかったし、
咲羽を引き摺り下ろそうとする者もいなかったんだよね。
会議場もいつも和やかで。
私はその雰囲気が好きだった。
だけど、私とお兄ちゃんはお兄様の意向で姿を隠す事になり。
そこから数百年…彼女達に会うことはなかった。
彼女達に眷属が出来ていたことも知らなかったし、
私達の住む街の外で「厄災襲来」なんて起きていたことも知らなかった。
何故なら私達の街――市街ヒュブリスは創造神による結界で覆われていたし、
私達のお兄様は…私を外に出すことに抵抗しかないみたいだったから。
私はアクィラが娘のレシアに神の座を譲っていたことも聞いていない。
だから全てを聞かされたのは、
咲羽達が消えた会議場。
「なんでこうなったんだっけ」
暗いこの場所で、机に突っ伏しながら呟いた。
手元に置いてある本。
そこには、レーニスの記録とだけ書かれている。
…きっとこの本は、私が死んだら完結するのだろう。
彼女達…咲羽達と同じように、私も記録になるのかな。
面白みもない、ただの記録になってしまうのかな。
なんの気もなしに手を触れる。
「―さて、逃げ回ったことについて説明してもらおうか」
耳に届いた声に、瞬きをして。
――なんだっけ。
なんて思った。
ああ、そうだ。
私は当代の神様達から逃げてたんだった。
◇◇◇
「あの…私、何のことだかさっぱり…」
嘘をつく。
「秋に嘘は効かないよ。諦めたほうがいいと思う」
すぐに見抜かれた。
「はぁ……」
私家に帰りたいんだけどなぁ…。
ちらっと彼らに目をやると、
絶対に逃さないという意思を感じた。
どうしよ。
「結界と結界師のせいで随分苦労させられたが…どうやら君達は打ち合わせ済みじゃなかったみたいだ」
先程「秋」と呼ばれたその人はせせら笑いを浮かべている。
彼はどこか生命神…というか、フィリアみたいな雰囲気がある。
魔力の性質的にも、恐らく彼が生命神の後任なんだろう。
…フィリアはまだ、1000年くらいしか生きてないよね?
それなら、世代交代するような年齢じゃないはずなのに。
「…黙られると、少し困るんだが」
考え込んでた私に、狐の耳を持つ少年がそう言ってくる。
…あー。どうしよっかなぁ。
万が一を考えると、自分から神の座を明かすことはしたくない。
『破壊神』レーニスとニヒルは、疾うの昔に失踪したことになっているし。
何より、私が勝手に決めてしまえばお兄ちゃんに迷惑がかかる…。
ここはやっぱり、嘘で切り抜けるしか…
「えっと…私はただの人間なんですけど…貴方達は…?」
「この期に及んで白々しいね。わかってるだろうに。…まあ、しょうがないね」
恥ずかしがり屋な神様のために、自己紹介でもしてあげるよ。とその人は微笑んでくる。
…神様、ってところまでバレてるんだ…。
更に面倒なことになった。
けどまあ、バレてなかったら追いかけてこないか…。
――しょうがない。
「…じゃあ、自己紹介をしてくれるかな?」
「うん、そうだね。是非聞かせて頂きたいものだわ」
向こうがこちらと交流したいのなら、応じてあげる。
お兄ちゃんと2人で、だけど。
「…なるほど。兄妹の神だとは聞いていたが、まさか双子だったとは…」
突然現れた私の片割れ。
狐耳の彼は、お兄ちゃんを見てから口に手を当てて考えるような素振りを見せた――
が、すぐに顔を上げて話し始める。
「我は先代守護神、咲羽の眷属で…現守護神代理の愬だ。突然押しかけてしまい、申し訳ない。…此方も少し、焦っていたんだ」
言い終わると愬は頭を下げた。
…なるほど、和解の方向に持っていくことにしたのね。
まあお兄ちゃんには何の効果もないけど…。
なんて考えていたら、気付いた。
彼の蒼い髪を纏めるのは、咲羽の付けていたリボン。
いつだったか、私はその意味を教えてもらってて…。
確か、その意味は…。
『大切な人』だったっけ。
…咲羽って、こういう男子が好みだったんだ。
センター分けの前髪と、何故か伸ばしている右の横髪。
その横髪を結ぶリボンを解いて、バッサリ切ってみたら…
いつだったか、木ノ葉さんのところで反逆した人にそっくりになりそう。
もしかして兄弟なのかな?
だとしたら…どうして咲羽がこの子を眷属にしたのか、わからなくなる。
それに、守護神代理の意味も…。
けどまあ、今はそんな事関係ないか。
軽く会釈をして、次を促す。
口を開いたのは『嘘は効かないよ』といったあの人。
「じゃあ、次は僕が。僕は先代海神の眷属で、今は海神様の補佐役をやらせてもらってる。名前はライラ。性別は決まっていないから、呼び捨てでいいよ。よろしく」
ライラと名乗ったあの人は、長い二藍色の髪を右側で三つ編みにしている。
私の中で二藍色と言えば、海神のアクィラ。
深海で輝く彼女も、後ろ側でゆるく三つ編みをしていた気が。
ライラの、どこかふわっとした結び方は、アクィラさんと似ている。
彼女の子供は、元気だろうか。
「次、私が。僕は先代月神の眷属、ステラ。ライラと同じく性別がないから、ステラって呼んで。あと、一人称がぐちゃぐちゃなのも気にしないでほしい」
ペコリと頭を下げるステラ。
サイドテールがパサッと落ちる。
まるで女の子みたいだけど…性別不詳何だよね?
それに、どことなくライラとステラが似てるなぁ。なんて考えて、
つくづくこの世界の種族って面白いなと思う。
もしかしてこの二人、遠い親戚だったり。
あー、でも今はそんなこと関係ない…。
えっと…ステラはセレーネさんの眷属だったんだ。
月の民だったセレーネさん。
彼女の眷属ということは、ステラもきっと…。
「考え事してるとこ、悪いんだけど。僕も話をしなきゃいけないみたいでね。…僕は先代生命神、フィリアの眷属であり当代生命神、の秋だ。君のお友達さんと同じ、自律人形だよ」
少し癖っ毛気味の秋は、面倒くさそうにそういった。
名前の通り、彼の暗い橙色の髪と、綺麗な金眼は、まるで秋の紅葉のようだった。
確かフィリアの髪は、毛先が黄金色になっていた気がする。
彼女のそばに秋が居たら、きっと映えるだろう。
…和風の服を着ているのは、彼が自律人形だからだよね。
聞きたいけど…
まぁ、この話はまたいつかでいっか。
自律人形の殆どはその生まれ故郷の話を好まないから。
「…レーニス」
考え事をしていると、そっと声をかけられた。
ああ、そっか。
次は私達か。
「うん」
お兄ちゃんに頷いて、彼らにお辞儀をする。
私達は神様だから。
双子の破壊神だからね。
でも、お兄ちゃんがそれを言うとは到底思わない。
お辞儀と同時に自分達の形質を偽装した。
その理由は――
「初めまして、当代の神様方。僕達は君等の言う”先代様”の時代の神だ。創造神と破壊神、二人でそれを請け負っている。僕がニヒルで妹がレーニス。以後、お見知りおきを」
私のお兄ちゃんは、嘘つきだから。だよ。
お兄ちゃんは貼り付けた笑みで挨拶する。
それに対して同じように返してくる秋。
…この二人はどこか似ている気がしてきた。
「ニヒルの妹のレーニスです。見ての通り、双子の神よ。私達は随分長い間姿を消していたのだけど…どうして今更、探しに来たのかしら」
まあ、私も大概じゃないか。
双方笑顔で応対している。
けれど、皆警戒している。
絶対に自分達の望みを叶える。
そんな意志を感じる。
結局、神やそれに近しいものは本質が同じ。
皆どこか恣意的なのよ。
それでも国が保てるのは、
世界が平穏でいられるのは…
その”恣意的”が他者の為だったりするからだ。
いつの間にか皆、警戒状態を隠すこともなくなった。
うん、やっぱこっちの方が良い。
変に気を使われたり、媚びへつらわれるのは嫌いだし。
それに、これなら…いざというときは、全部破壊してしまえばいい。
なんて物騒な考えを隠しつつ、”談笑会”は幕を開ける。
未だに笑顔なお兄ちゃんやライラに秋。
無表情な愬。
真剣なステラ。
…一番の嘘つきは、私かもね。
「とりあえず、簡潔に要求を教えてくれる?」
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