一章.7「確かに願っている」

草の生い茂る暗い参道。

数少ない友達に会うために、久しぶりに足を踏み入れた。

特殊な事情を持つ彼女は…多分まだ神社で生きているはず。

助けられたのに数ヶ月連絡していなかったけど。

久しぶりに会うのにお土産も何も用意していないけど…

「更紗達ならきっと、許してくれる」

そんな絶対的な信頼感と共に森を抜けた。

すると、石畳の参道が現れる。

落ち葉一つ落ちていないそれは、彼女がまだ生きていると示していた。

「良かった…」

安心して顔を上げる。

鳥居に掲げられるのは、神社の名前である如月。

そう。

ここは如月神社。

如月更紗と聖園梨奈の待つ家だ。


◇◇◇


「それで?せっかく私達が結界で隠してあげたのに、結局ついて行ったの?何の報告もせず?」

「すみませんでした」

鳥居を潜って約5秒。

私は更紗によって捕まえられていた。

いや気配を察知するの早すぎでしょ。

可笑しいって。

なんて可愛い不満を唱えながら、

痺れてきた足を横に崩す。

正座をしろと念押ししていた割に、更紗はそれを注意してこなかった。

代わりに冷たい目で見てきているが。

「更紗、怒ってる…ますね。すみません」

「…別に怒ってないけど?私はただ、数ヶ月間何の報告もせず勝手に消え去っていた友達と話してるだけよ?」

「本当に申し訳なく思ってます」

今まで見たこともないくらい怒っている更紗。

そんな更紗の宥め方は、幼い頃から隣にいる梨奈なら分かるのだろう。

今は何も教えてくれないけど。

「…はぁ。本当に分かってるの?」

「それはもう、存分に理解しております」

「…そう」

どうしようかな。と考えていたら、更紗が追及をやめた。

…これは許されたということでいいのかな?

「言っておくけど。多分更紗は許したわけじゃないからね。まだ話は終わってないもの」

「…はい」

梨奈に釘を差される。

うん、まあそうですよね。

私だって更紗達が勝手に数ヶ月消えたら怒るし。

大人しく説教受けるかぁ。


◇◇◇


「…これ以上言っても頭に入らないだろうしもう辞めるけど。これからはちゃんと連絡してよね」

「…はい」


説教を終え、三人で夕食を摂った。

久しぶりの夕食は美味しくて。

咲羽達や愬達が何故食事に拘るのか分かった気がした。

誰かと食べる食事は美味しいんだね。

絶対に言えない独言を隠して、夕食も終えた。


「それじゃあ、私は街の見回りをしてから寝るから。勝手に泊まるなりなんなりしてて」

「はーい。いってらっしゃーい」


◇◇◇


夜、月明かりに照らされた縁側にて。

私は街を見下ろしていた。

如月神社は山の上にあり、

市街ヒュブリスと呼ばれる街を見下ろせる地点にある。

この街は私が生まれ育った場所で。

私が最も守りたいと思う街だ。

その理由はここが故郷だからなのか、

街に住む住人の人柄のおかげなのか。

もしくは私が神だからなのか。


「なーに見てるの?破壊神様」


物思いにふける私の肩に、右手が軽く乗せられる。

振り返ると、そこには梨奈が。

「あ、梨奈。ううん。特に何も」

「そう?」

私の答えに彼女は首を傾げている。

その様子はとても人間のようで。

腕にある球体関節に違和感を覚えさせる。

そう。

彼女は自律人形だった。

しかも、それを隠そうとしないタイプの。

「私の関節なんか見ても面白くないわよ。あなたの問に対する答えがあるわけじゃないんだから」

「うん。ごめん、ね」

さっと視線を移す。

私に対して、梨奈は何も言わなかった。

その代わりに隣に座り、街を見る。

彼女の瞳には少しだけ寂しさが混ざっている気がした。

「…あの、」

「……この街には神様がいない。きっとそれが、他の国との決定的な違いよ」

「……うん」

不意に彼女が口を開いた。

脈絡もなく始まったものだけど、私はそれに興味を惹かれる。

だってその口から出る言葉は、儚さを纏っていたから。

「あなた達がこの街の神様なのは勿論分かっているけど。この街の人々はそれを知らない。…だからじゃないかしら」

その毅然とした態度には、確信が混じっていたから。

「あなたはきっと、神としてじゃなく、レーニスとして生きていたい。…違う?」

「どうなんだろうね…」

彼女の言葉は、その真っ直ぐな視線は、私の中で燻っている思いを具現化してくれるような気がしたから。

全てが正しくて、全てが間違っているような気がしたから。

知りたかったんだ。

確かにこの国の良いところは、私達という神が表沙汰になっていないが故に保たれているような気がする。

だけど私は、私達が神だと明かしていてもこの良さは保たれていたような気もしていて。

私が望んでいる何かは、後者でしか手に入れられない気がして。

根拠のないそれは、なんと呼ぶべきなのか。

「まあいいわ。結局答えはあなたが見つけないと、意味がないものね」

「え、うん…そう…だね。ありがとう、梨奈」

「いいのよ別に」

結局、その答えは今日はわかりそうにない。

だけど一つだけ確かなことに気がついた。

それは、彼女達は私にとってかけがえのない友人であるということ。

代わりのない、他の誰とも違う、友達。

友達なんだ。

だから私はきっとこれから先も、彼女達とは適度な距離で関わっていくのだろう。

深すぎず、浅すぎずの関係で。

咲羽達とは全く違う関係で。



「…じゃ、私そろそろ寝るから。あなたも自分の家に帰ってもいいけど、更紗に一声かけなさいね」

「はーい」

しばらくすると、梨奈は寝室へ戻ってしまった。

眠そうな表情から察するに、無理をして起きてくれたのだろう。

…私の為に。

彼女には今度、街で買ったお菓子でもあげようかな。

確か、私の部屋に置いて――

「…あ。私しばらく家に戻ってなかったんだ」

…流石にお菓子は新しく買ったほうがいいよね。

お金まだあったっけな…。

財布を取り出し、中身を確認する。

よし、あるね。

それじゃあ今日の夜は家に帰ろう。

そして明日は待ちへ行き、そこでお菓子を買う。

お菓子を梨奈に渡せたら…ここを離れよう。

本当はもう少し居たいけど、

私はまだ調べたいことが沢山あるんだから、ゆっくりしてる暇なんてないよね?

でも、まあ…。

最近働き詰めだし、今は休んだほうが…。

…いやダメでしょ。

メランコリアでの反逆の件、調べないとだよ。

だから早く家に帰らないと。

もちろん、更紗には声かけるけど…。

絶対寝てるよね。

「うん…置き手紙しよ…」

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