【フィリアの記録】 ただの気まぐれ。
彼を救ったのは、ほんの気まぐれからだった。
本当に、ただの気の迷いと言っても差し支えない。
だってあの時の私は生命神ではなかったし、
あの時の彼は生命神とは何の関係もないただの人形だったから。
救う必要はなかった。
だけど私は手を差し伸べた。
命の残骸の中、独りで生きる彼が哀れに思えたから。
「はじめまして。私はフィリア。…あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
◇◇◇
「おい、フィリア。何をぼーっとしてるんだ」
「あらごめんなさい。ちょっと、あなたと出会った時のことを思い出していたの」
公務の最中なのにごめん。そう彼に言い、書類と向き直る。
生命神になってからというものの、事務作業が増えた気がする。
というか増えている。
既に生命神候補だった時とは比べ物にならない程の量になっているのだから。
書類の束に軽く目をやる。
私は昔からこういう作業は得意だったから、何の苦にもならないけど…
問題は秋の方だ。
「…ちっ」
自律式演者人形として演技だけをやってきた彼は、事務作業なんて教えられてないのだろう。
毎日大量の資料とにらめっこしては、休憩と言ってどこかへ出かける。
彼は私に対して文句は言ってこないけど、これは早急になんとかすべきだろう。
――眷属を辞めるなんて言わせないためにも
「秋、ちょっと私に付き合ってくれない?」
「…別にいいよ。僕はもう、君の物なんだし」
横目で私を見た彼は、そう返してくる。
…別にそういう事が言いたいわけじゃないのだけど。
「もう。そういう話がしたいわけじゃないって、分かってるでしょ?」
きっと彼は気づいているのだろう。
はいはい。と返事をしながらも、何処か安堵している彼にそっと微笑んだ。
不安なのよね。
また、必要とされなくなるのが。
「でも、私は死ぬまで貴方に隣に居てほしいわ」
「随分重い要求だね。生命神っぽいっちゃぽいけど」
「あら、それは褒め言葉として受け取ってもいいのかしら?」
呆れた目をする彼に冗談を返す。
秋は溜息をつき、机の上を指した。
「好きにしたらいいけど。あれ、どうするの」
机の上には大量の書類。
…あぁ、そういえば。
出掛けようって言ったのだった。
「そうね。それじゃ、出掛けましょう!」
「えっ、っは……?」
強引に彼の腕を引き、執務室を出る。
廊下を行き、
階段を下り、
扉を開け、
扉を閉める。
花が溢れる街道を、
いつもは魔法で時短してしまう道を、彼の手を引き歩く。
それだけで私の心は賑やかだった。
「ねぇ、なんで今日は街を歩いているのさ。…いつもは時短する癖に」
「ふふっ、なんでかしらね」
異界から来た少女と、
少女に転生させられた少年が街を歩く。
…なんだかすごくロマンティックじゃない?
そんなこと絶対に秋には言えないのだけど。
「ほら、話してたらもう着いてしまったわ」
「…いやまだ質問の返答貰ってないんだけど」
質問の返答。
それは、一生言わないと思う。
でも、もしそれを言うとしたら…。
きっとそれは、
「私が死ぬとき。その時、答えてあげる」
扉を開けながら、振り返りそう言ってみた。
見開かれた目に気が付かないフリをした。
ごめんね。
貴方がそういう話題が嫌いなの、分かってる。
でも私は言えなかったんだ。
本当は…別に大した理由なんて無いのだけど。
だけど、聡い貴方ならきっとそう言ったら何かを感じ取ってしまうから。
曖昧な気持ちのまま言いたくなかった。
曖昧なまま、誰かを縛るのは好きじゃなかった。
それでも――もしあのとき正直に「貴方が居たから」と伝えたら、どうなってたのかな。なんて。
考えてしまうから、私は聖人になれない。
開けた扉の先に向き直り、歩みを進める。
ざわつく事務室を気にも留めずに目的の人の元へ向かった。
「生命神様…!?……何の御用でしょうか?」
「驚かせちゃってごめんなさい。ちょっと、お願いがあって…」
「お願い、ですか…私にできることでしたら、何なりと」
とりあえず、奥の部屋へ。と促す彼女にお礼を言い、好奇の目に晒されている自らの眷属を救出しに行く。
私を見て緊張が緩んだ彼に、少しばかり心が動かされたのは内緒だ。
◇◇◇
「それではそういった形で請け負わせていただきます。…生命神様からのご依頼ですので、早急に対応致しますね」
机の上に置かれた書類を丁寧に仕分けした彼女。
彼女は私の期待以上の仕事をしてくれた。
例えば、秋の公務の全面支援。
彼が苦手な書類作業や、国営事業を行う人々への指示。
毎月行う森の管理方針に関する会議に必要な、国民の意見収集。
その他にも色々な公務を、何部隊かに分けて支援してくれるそう。
――それだけでなく
学校教育の活性化。
地方への支援。
その日街で行われた取引の報告など、私の仕事まで請け負ってくれた。
「あなた達には一生頭が上がりそうにないわ…本当にありがとう」
「いえ。生命神様、そして眷属様に尽くせることが、何よりの幸せですので」
顔を上げ、微笑んだ彼女。
「あら。そんな素敵な言葉、私にはまだ勿体ないわね。…でも、ありがとう。嬉しいわ」
私は彼女に本音を返して。
軽く話をし、部屋を出た。
勿論帰りも街を歩く。
行きとは少し違う道を辿っては、
興味が惹かれるお店に出会い、秋にお願いして寄ってみて。
店主と笑顔で会話して、店を離れる。
気がついたら、そんなことを何度か繰り返していたから。
流石に秋が可哀想だし、少し離れたところで待ってもらうことにして。
「ねぇ、あのお店…」
「あーもう、行きたいんだろう?行ってくればいいじゃないか」
「ありがとう!すぐ戻るから、ここで待ってて頂戴!」
最後の店に足を運んだ。
何も気がつけないまま。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます