第21話
その後、自分の少し前に大城くんは帰り、私もなんとかすぐに残業を終えることができた。
パソコンを閉じながら、フーっと深く息を吐いてスマホを確認すると、当然ながら誠から数通のメッセージが届いていた。
ずっと返せていないことを察したのか、最後のメッセージには、
" 今日も残業?無理しないでね!迎えに行く!"
と書いてあり、私は急いで席を立った。
小走りで会社を出ると、なんとそこにはフードを深く被ってサングラスをかけているガタイの良い人……明らかに誠だと認識できる人……と何やらお喋りしている人に目を丸くする。
「えっ?大城くんっ?!」
「……おう。終わったのか、お疲れ様。黒井くんとちょっと立ち話しちゃってたよ」
「お疲れ、一花。」
「あ、うん……」
朗らかな誠の笑みに、先程まであった心の中の嫌な感覚がフッと消えていくのがわかった。
やっぱり誠って不思議だ。
もしかしたらこの世の何よりも、私を安心させる存在かもしれない。
「それより高峯、困るよ、あの人に俺が会社に何時までいるからどうとか言われたら」
大城くんがさぞ迷惑そうな顔で頭をかいた。
「えっ、あの人って……お、岡本渚さん…のこと?」
「そうだよ。仕事の話を口実にかなりしつこくされていて今までなんとかうまいこと会わないように避けてきたんだ」
「そ、そうだったんだ……」
「なに?大城さんやっぱモテてんだね」
「いや、そんなことないよ。ただ、その人のAZカンパニーとこないだ共同プロジェクトを組んだ時に、そこの女性社員たちに妙に懐かれたらしくて…しつこいっていうか…」
「ははは!まぁ大城さんイイオトコだからねー!放っとかれないのは普通だよ」
私は二人の間に佇み、目を点にしていた。
あれ……2人っていつのまにこんなに仲良くなったの……??
「やっ、やめてくれよ黒井くん…!キミの方こそ大学でも仕事でも、女の子に寄って集られて大変なんじゃないか?」
「まあね〜。でも俺にはたった1人しか眼中に無いから、周りは空気みたいなもんだよ」
「あ、そう。さすがだなぁ……告白される回数とか尋常じゃなさげだけど」
そういえば、異性や恋愛の話は、誠と一度もしたことがないと気づく。
いつも私にベタベタだからかもしれない。
不思議と今まであまり気にならなかったけど、この話題にはつい聞き耳立ててしまう。
「それがそんなことなくってさ〜。俺に意中の子がいるってのは高校の時から結構有名なんだ。」
「なるほどー。じゃあもしかして……恋人ができたことないのかい?」
「あるわけないだろ!!何言ってんだよ」
誠のさぞ当たり前なそのキリッとした態度と声に、思わず私たちはビクッと目を見開いてしまった。
「俺はどーでもいい奴とそんなことしてる暇は1秒もないんだよ」
そんなことを喋りながら、大城くんと私たちは途中まで一緒に帰った。
何はともあれ、二人が仲良くなっていることは少々複雑ではあるが良いことだ。
「はい、一花。今日お客さんからエクレア貰ってさ。これパリで1番有名な店のなんだって!その人、こないだ日本にオープンさせたらしくて。」
「えっ、すごい!ありがとう!誠は凄いお客さんがいっぱいいるね。今や誠だって有名人だし」
「まぁめんどくさいけど、知名度が上がった方が、何かと便利なんだよ」
簡単な料理を作って二人で一緒に食べた。
デザートに、誠がカラフルなエクレアと紅茶を並べてくれた。
「ん!!凄く美味しい!!なにこれっ」
それは、今まで食べてきたスイーツの中で1番美味しいと言っても過言ではなかった。
「パリなんて憧れるなぁ。一度行ってみたいなぁヨーロッパ」
「あー、そういえば今度俺、何ヶ国か行くかもしれないんだ。仕事で。」
「えっ、そうなの?凄いじゃない!」
「いや面倒臭いよー。飛行機とか絶対耳詰まるし具合悪くなるよー」
誠の本気で面倒くさそうな顔がワンコみたいで可愛くて、思わず笑ってしまった。
「そっかー……誠はなんだか、どんどん遠い存在になっちゃうね」
「はぁ?!何言ってんの?そんなわけないだろ!俺はいつだって一花に1番近い存在で、一生離れることはないよ!!」
ものすごい剣幕で真剣に言われ、苦笑いする。
よく恥ずかしげもなく、誠っていつもこういうこと言えちゃうよなぁ……と。
まるでプロポーズみたいじゃないか。
「ところで一花のほうは、今日はどうだったの?何か変わったこととか困ったこととかあったー?」
私は誠の口の端についたクリームをティッシュで拭いながら、「あぁ……」と声を出した。
「私ね……職場で何でも屋さんって呼ばれてるみたいなの。」
今日のことを話すと、誠は案の定苦い顔をした。
「ムカつくなその女子たち。一花の優しさに漬け込んで……許せない!名前何?!今度シバくわ」
「いやいやいややめてよ!私だって何でも引き受けちゃうのが悪いんだし」
誠が言うことはいつだって冗談ではないので本当にヒヤヒヤしてしまう。
「あ……そういえば、それを引き受けたことによって、かなり懐かしい人に会ったんだ。それがさっき大城くんと話してた人なんだけどね」
「あー、へぇ。その人一花の知り合いだったの?」
「……知り合いっていうか……子供の頃、あまり良い思い出がなかった人……でも向こうは私のこと全く覚えてなかったからよかったよ」
エクレアを頬張っていた誠が、一瞬ピタリと止まって少し考える素振りをしたが、またすぐに戻った。
「……あぁ。岡本……って確かいたねぇ」
「え?どこに?」
「ううん、こっちの話。それより一花……」
ずいっと近付いてきた誠が、目と鼻の先で優しく笑っている。
今までにないほど私の鼓動がうるさく響いている。
だって誠の顔がどんどん近づいてくるから。
もしかしたらこんな近くで初めて見たかもしれない。
本当に……綺麗な顔をしていて、可愛らしいのに鋭くて迫力のある目をしている。
ていうかこれ……え?
キス……?される……?!
「っ……!」
ギュッと目を瞑ると、口の端をペロッと舐められた感覚がした。
それがとてつもなく懐かしい感じがして、私は目を見開いた。
「クリームついてた♡」
誠はペロリと舌なめずりして笑う誠の顔がなぜだか大好きだったキューちゃんに被って心がポカポカと暖かくなった。
今日あった嫌な気持ちは、すっかり消えていた。
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