第10話
うちにあるものでありあわせの簡単な夕食を作った。
もちろんキュウリの漬物も添えて。
そしてそれを、私は小皿に少量盛り付け、キューちゃんの写真の前に置いた。
「今日はね、特別な日なんだ」
写真の中で、まるで微笑んでいるような顔をして少し舌を出している可愛い可愛いキューちゃんに目を細める。
「この子の……命日なんだ」
何度も、戻りたいと思ったあの日。
戻してくれと願った存在。
毎年この日には、ケーキや甘いものを買ってくる。
まるでお祝いみたいだけど、そうじゃない。
涙が止まらなくなるから、自分を落ち着かせ少しでも前向きに考えられるように、甘くて美味しい御褒美で糖分をとりたいのだ。
「……会いたいなぁ。キューちゃんに……」
写真の中のキューちゃんに指を滑らせ、無意識にそう呟いていた。
「一花はその子に会って何がしたい?」
「うーん……そうだなぁ。やっぱり思いっきり抱き締めたい。一緒にご飯を食べたり遊んだり寝たりしたい。いつもそうしていたように……」
想像しただけで、顔が綻んでしまった。
同時にとてつもなく切なくなる。
もう二度とそれが叶わないと思うと……。
目頭が熱くなり、じわりと涙が滲んだ瞬間、
「じゃあ、ハイ。一花」
誠がいつの間にかすぐ隣にいて、両手を広げて微笑んでいた。
「……へ?」
「思いっきり抱き締めていいよ。で、一緒にご飯食べて、遊んで、寝よう」
目の前の誠がなぜだか、キューちゃんに被って見えた。
いや、今に限ったことじゃない。
誠はしょっちゅう、キューちゃんと被る。
「誠は……優しいね……」
胸が熱くなり、考えるよりも先にその懐へ飛び込んでいた。
しっかりと抱きしめ返してくれる誠に、甘えてしまっている自覚はある。
それでも……
「あぁ……なんでだろうなぁ……なんであなたといると、こんなにホッとするんだろう……」
「俺もホッとするよ?一花といると」
「そうなの……?なんだか私、悪い大人になっている気分なんだけど……」
「え?どうして?」
「どうしてって……まだ学生の10代とこんなのっ……普通じゃないでしょ」
「普通じゃなきゃダメなの?」
ギュ……とさらに力が入り、誠の鼓動がより一層耳に響く。
「普通とか普通じゃないとかさ、幸せになるのには一切関係ないよ」
優しい声なのに、何故か私にはそれが厳しく聞こえた。
また1つ、誠に気付かされたからかもしれない。
誠はいつも私に大切なことを教えてくれる。
そうだ……
自分が幸せなら、誰がなんと言おうとどう思われようと、関係ない。
もう一つ気がついた。
私は……
誠といることに、幸せを感じているんだ。と。
一緒にご飯を食べてお喋りをして、トランプで遊びながらケーキを食べた。
「あっ、そうだ、これもっ!」
私はさっき大城くんからもらった紙袋から、小さな箱を取り出した。
「あぁ、なんなの、それ?
ていうかあの人って何?」
さっきまで、シッポ振るワンコのようにご機嫌だったくせに、突然不機嫌トーンに変わる誠に私は笑った。
実は彼は結構なヤキモチ焼きだ。
カフェや店などで私が店員と話したりするだけでムッとするくらいに。
「実は大城くんは……元カレなの。」
「は?!」
「付き合っていた頃ね、キューちゃんの命日にこれをくれたんだ」
箱を開けると、そこには色とりどりの素敵なマカロンが並んでいた。
「これ、人間もわんちゃんも食べられるってやつなの。感動してたら、大城くんが、じゃあ毎年この日に持ってくるよって言ってくれて。
……キューちゃんにも食べさせたかったなぁ」
そう呟いた瞬間、横からサッと誠の手が出てきて、ピンクのマカロンをひとつ摘むと、たちまち口に放り込んでしまった。
「あー!今キューちゃんにお供えするとこだったのに!」
「んー……美味いじゃん!へぇ、大城って人なかなかやるなぁ〜」
もう……と言いながら、私も1つ摘んで少し齧った。
「……美味しい」
1年前のこの日、大城くんとこれを食べた日のことを思い出して、なんとなく切ない気分になった。
「ところでさー、なんでそいつと別れたの?」
「えっ……あぁ……」
あの頃の私は……いや、今も……
自分のことに精一杯で、本気で他人を愛せないことに気がついていた。
その前に付き合った人も、その前だってそうだった。
ただ流されるまま付き合ってしまうから、本当に相手を思っていないことに後から罪悪感を覚える。
「私から振ったの」
「そうなの?あんな誠実そうな顔して浮気とか?」
「違うよ。あの人はそんなこと絶対しない」
大城くんは今まで付き合った3人の中で、1番私を大切にしてくれて、愛してくれていることがわかった。
だからこそ、初めて自分から振った。
それまではいつも、浮気とかされて散々振り回された挙句、私が振られる側だったけど。
本当に私を想ってくれている人に対しては逆に、曖昧な気持ちのままテキトーに付き合うことに戸惑いを感じたんだ。
「凄くいい人だったから、別れたの。私には見合わないよ」
「えー……なにそれ?」
誠の、さっぱり意味がわからないと言いたげな顔に自嘲気味に笑う。
「私、ただ自分に自信が無いだけなのかもね。自己肯定感とかないし。愛されたいと思ってるのに、愛されるのが怖いし。」
彼には何度も、別れたくないと言われた。
けれど私が初めて出した頑なな勇気を汲み取ってくれたのかもしれない。
彼はそういう優しさもある人だ。
「キューちゃんのことは、心から愛してる?」
「え?そりゃあもちろん!今も昔も、この世で1番大好きな存在だよ」
そう言うとなぜか、パァっと分かりやすいほど上機嫌な顔をしだす誠。
「じゃあ俺がハタチになったら、付き合ってくれるよね!」
「っ?!は、はいっ?!」
じゃあってなに?じゃあって……!
私がキューちゃん大好きなことと誠と付き合うことと、なんの繋がりがあるの?!
「俺ね、今日で19なんだ。だからあと1年したら…」
「えぇ?!」
私は耳を疑った。
「そんなの聞いてないっ!言ってくれればちゃんとお祝いしたのに……!
ていうか、キューちゃんの命日と同じだったなんて……」
自分の誕生日だったからきっと誠は私に祝ってほしくて休みを取ってまで会いに来たんだよね?
もしかして私が先に、今日はキューちゃんの命日だからとか言って泣いたりしたから言い出せなかったんじゃ……
途端に申し訳ない気持ちに陥った。
「誠、そういうことはもっと事前に言ってよ。誕生日ならもっと明るい雰囲気でご馳走とかも用意したかったのに。」
「じゃあ来年。一年後のこの日にまた会って。んで、さっきの返事を聞かせてね。一花。」
にっこり笑う整った顔立ちにドキリとなる。
誠と私が付き合う……?
雪乃が言っていたように、誠は私を……
「……わかったよ。」
「約束ね!」
差し出す小指を、ゆっくりと絡めた。
この不思議な関係は、あと1年続く……ということだろうか?
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