第3話

ある日、一花と散歩に出ていた時だ。

いつもの公園で、大好きなボール遊びをしていると、何人かの子供たちが入ってきた。


「あっ!いーちーかーちゃーん!」


ビクッと顔を強ばらせ、ボールを落とす一花。

こんな表情の一花は初めて見た。


「へえ!犬飼ってるんだぁ〜!どーりでいっつも犬臭いと思ったぁ〜!」


ギャハハハハと、他の子供たちの笑い声が、俺たち以外誰もいない静かな公園に響き渡る。

きっと一花は、わざとこの、ひとけのない公園を選んでいたのだろうとこのときになって初めて理解した。


「しかも汚い色〜っ!」

「しっぽだけ白いの?変なの!」


そう。俺はなぜか生まれつき、しっぽだけが白い。それを一花は気に入ってくれていて、いつも可愛いとたくさん撫でてくれた。


「い、行こうキューちゃん…」


「ちょっと待ってよもう行くのぉ〜?」


「グルルルルルルル」


「えっ、何この犬!こわーいー!」



俺の迫力のない威嚇に対しても、ゲラゲラと笑いながら全員が小馬鹿にしてくる。

一花の様子は明らかに怯えていて、俺は、あぁと理解した。

この世界で一花をいつも悲しませているのはこいつらなんだと。


「ねぇほら、犬とばっかじゃなくって、いつもみたいにうちらと遊ぼ?」


一人の少女が一花からボールを奪った。

そして……一花に投げつけたのを庇った俺の体にそのボールは当たった。


「っは!キューちゃん!」


「あっはははは!名前までおっかしー!キューちゃんだってぇ!」


「きゅっ、キューちゃん大丈夫?!」


そんな目で見ないで、一花。

少し体が痛いくらい、君の痛みに比べればこれっぽっちも辛くないんだ。

そんなことより……俺はこいつらが許せない……!


「ワンワンワン!!ワンワン!!!」


「っ!いっちいちうるっさいんだよクソ犬!」


「やっ、やめてっ!」


こいつらと俺との喧嘩になった。

全員に囲まれ蹴りを入れられるのを、なんとか必死に庇ってくる一花。


そのとき、バンッ!と勢いよく押された一花が、歩道にはみ出た。

向こうから車が迫っているのがわかり、俺は一目散に走っていって一花に飛びつき追いやった。……はずだったのに、一花は必死な顔してまた俺の方に来た。


ダメだよ来たら!!車に轢かれる!!

なんで俺なんかを守ろうとするの!!

君を守るのは俺の役目なのに!!


そうだ、俺は……

君を守るためだけに生まれてきたんだ。



……気がつくと、傷だらけで左腕を首から包帯でつっている、ボロボロの一花が泣きながら俺を見下ろしていた。


よかった一花……

無事だったんだ……

でも怪我をさせてしまった……

守れなかったんだな……



どうやら俺は、毛布の上か何かに寝かされているようだ。けれど、体の感覚が全くない。


「キューちゃん……キューちゃんっ……ごめんね……ごめんね……ごめんね……」


大粒の涙が何度も俺にかかる。

どうして一花が謝るのか、俺には分からなかった。


「私のせいで……ごめんね…っ…」


違うよ、一花。

俺は嬉しいんだ。

一花を初めて助けられたような気がして。


楽しかった日々が蘇る。

少しの間だったけど、一花に助けられ、一花と過ごした生涯は、本当に幸せだった。


けれど俺が一花にしてあげられたことは、何もない。


ずっと、死ぬまで一生、君を守ると誓ったのに……。


謝らないといけないのは俺の方だ。


ごめんね……一花……


あぁ……瞼が重い。

とんでもなく眠くて、意識が遠のいていく。

まだまだその大好きな瞳を見つめていたいのに。



「っ!……い、行かないでキューちゃん…っ…」



大好きだよ……一花……



「私を置いて…っ、行かないで……っ……」



大きくて美しくて、不思議な目から、何度も雫が落ちてくる。


彼女の目が大好きだった。

初めて見た時からずっと、なにかに似ていると思っていた。



あぁ…………


そうだ。



花に似ているんだ。



瞳の中に、一輪の花が咲いている。


その目で見つめられると、酷く安心するんだ。


ずっとその目で見つめられていたかった。



「キューちゃん…っ……やだぁっ…うわぁぁぁあん!」



次会った時は、絶対絶対、ずっとずっとそばにいる。

なにがなんでも。何が起きても。

何に生まれ変わろうと。


今度こそ一生、全てから君を護ってみせる。


君に俺の全てをあげる。



だからどうか……

どうかお願いだ。


その瞳でまた……俺を見つめてくれ。



一花……



どうか……



また俺を……



俺を見つけてくれ……!


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