第8話

会社の昼休み、雪乃がいつもの如く目を輝かせながら私に問いかけた。


「で、今回の週末は?!」


毎回これを聞かれるのだが、私の答えも毎回同じだ。


「別に。なんにもないよ?」


「えーっ!またぁああ?!ちょっとあの子オカシイんじゃないのぉ?!」


毎週末、うちに泊まっている誠のことを言っている。

つまり、私たちがどうにかなることを期待しているのだ。


「いやいや、そもそも誠はまだ学生だし、しっかりしてるけど全然子供だよ?どうにかなろうなんて私だって考えてないよ」


「はぁ?今どき年齢なんて関係ないんですけど!それに、初めっから思ってたけど、誠くんは絶対一花に一目惚れしてゾッコンじゃん?毎週泊まって何してんのよ」


「ゾッコン……そうなのかなぁ?」


まぁ私のことが大好きということはもうこれでもかというほど伝わっては来るのだが……


「向こうがなんにもしてこないわけだし、私のことをそういう対象では見てないと思うよ。」


見ていたら普通、雪乃の言うように、毎週一緒に寝食共にしていて何も無いなんてことないだろう。

私も私で、なぜだか彼に警戒心がない。

不思議なことに、まるでないのだ。

年下とはいえ、異性であり、しかもしょっぱなから何の遠慮もなく人の懐に転がり込んでくる男なのに。


「はぁ……じゃあ、一花にとっての誠くんはなんなの?」


その問いかけに、一瞬鼓動が跳ねた。


「な……んなんだろう……」


なんとなく、考えないようにして目を逸らしてきたけれど、改めてこの関係を説明するのが難しいと感じる。

でも強いて言えば……


「弟みたいな子供みたいなのとも違うんだけど……なんていうか……家族……かな?」


しっくりくる言葉がこれしか思い浮かばない。

誠は本当に、私にとって家族みたいに心落ち着く素のままでいさせてくれる存在。

まるでずーっと昔から知り合いだったみたいに。


「ねぇそれって、彼氏候補じゃないってこと?」


「かっ……」


「ヤダちょっとっ!考えてなかったわけじゃないよね?」


「……。」


あれが彼氏だったら……どんな感じなんだろう?

いや……今となんにも変わらない気がする。


だって誠は……

私の無防備さにものすごく厳しくて過保護だし、荷物とかなんでも持ってくれるし、なんでも喜んでくれるし、なにより……


「可愛いって……」


「へ?」


「可愛いって、いつも言ってくれるの……」


雪乃は一瞬目を丸くしてから、ハハッと笑った。


「ねぇもうそれさぁ一花、カレカノだよ。カップルだよ」


「えっ」


「普通そういうこと、異性に言わないから。まぁそれ以前に、あんたたちしてることぜーんぶ恋人同士のすることだから!」


「そ、そうなの……?」


私は今まで、3人の人と付き合ったことがある。

1人は大学生の頃で、同じ学部で仲良くなった人。

2人目は社会人になってから雪乃に合コンに参加させられた際に知り合った人。

3人目は、ついこないだまで付き合っていた違う部署の人。


私は自己肯定感が相変わらず低く、流されやすくて拒めないタイプなため、告白されたりしたらとりあえずはOKしてしまう。

そのわりに、こちらは付き合うということにおいて、実際何をどうしていいか分からないから、基本的に相手に従っていた。

今思えば、いいように使われていたような時もあった気がするし、傷つくことをされたこともあった。

だけど、どれも私が恋愛というものを全くわかっていないことが原因だろうと今でも思う。


それ以来、私は恋愛?をすることが少し怖くなっている。


「まぁ、さ、一花。ほら、過去の男はあくまでただの過去なわけで、忘れていいのよ。新しい恋始めなって!きっと誠くんは待ってるんだよ!」


「え?待ってるって何を?」


「一花が彼のことを、ちゃんと男として見てくれる日を……でしょ。」


あ……と声を出す私に、雪乃はにっこり笑った。

雪乃は私の過去の恋愛についてよく知っているし、いつだってポジティブにアドバイスをくれる。

恋多き女という感じでもあるけれど、しっかり芯を持っていて自分とは正反対の彼女に私は憧れている。


「誠を男として……かぁ……」


男として見たら、恋人になるんだろうか?

なんだか想像つかないな……。


それに……

誠はそれを私に求めているのかな……




その日の仕事終わりのことだ。

なんとか定時に上がれたため、雪乃と新しいケーキ屋に寄って帰ろうということになった。

午後7時。薄暗くなっている外へと足を踏み出すと、ふと見慣れた後ろ姿を発見した。

髪の一部が白いなんて特徴、あの子しかいない。


「えっ?ま、誠?!どうしてここにっ」


外のベンチに座っているのはやはり誠だった。

私に気がつくと直ぐに立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。

こうして会う時、私はいつも、シッポをこれでもかという程振るワンコにしか見えない。


「うっそ!誠くんだぁあ〜っ!久しぶり!ねえ私のこと覚えてる?!」


「もちろん!雪乃さんだよね。よく一花から聞くし」


雪乃は目をハートにしてわーきゃー言っている。


「あっ、ごめん、私お邪魔だよね!

2人でごゆっくり!」


「えっ、ちょっと待ってよ雪乃!ケーキ屋どうするのっ」


「ケーキ屋さん?!俺も行きたい!」


そういうことでなぜか、私たちは3人でそのケーキ屋に行くことになった。


「ところでどうしたの誠、突然。」


「会いたくなっちゃって!」


屈託のない笑みで即答する誠に、隣で口に手を当てて顔を赤くしている雪乃。


会社の名刺を欲しがる誠に以前一枚あげていたのだが、まさかこんなふうに直接来てしまうなんて日が来るとは思わなかった。


ケーキ屋に到着した。

まだまだ新しさ満載で、外観も内装もクラシカルでとても素敵だ。


「わぁ〜ぜんぶ可愛い〜っ♡迷う〜」


「ホントだね〜!どれにしよう?」


色とりどりのスイーツを前に、私たちは目を輝かせた。

どれも美味しそうでオシャレで迷うけど、でもやっぱり私は……


「一花はこれなんじゃない?」


誠の指さすソレに、えっ!とつい声を出しそうになった。

まさに今、私はタルトを選ぼうとしていたからだ。


「ずーっとコレが大好きだもんね一花は!」


あれ……?

私、子供の頃からタルトが好物だなんてこと、いつ言ったっけ?

誠と一緒にケーキ屋に行ったことなんてないのに……。

けど、きっと気がつかないうちに言ってたのかもな……


「誠はどれにする?」


「一花が選んでくれれば俺はどれだっていい!」


「あぁ〜暑い暑い〜っ、アツいよぉ、お二人さーん」


雪乃に揶揄われつつも、私は全部で4つのケーキを購入した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る