第9話
「誠、今日はバイト無かったんだ?」
すぐに歩道側に私を寄せて私の荷物を持って歩き出す誠に問いかける。
雪乃が言うように、傍から見れば完全に彼氏のようだ。
「うん、今日はお休みもらったんだ!」
「そうなの?」
何故、今日お休みをもらったのか?
というところまでは考えなかった。
私に会いに来るくらいだから、特別な事情があるわけでもなく、きっと若い子特有の気紛れだろうと。
それにこの流れは完全にうちで寛ぐ気だ。
「一花は今日はお仕事どうだったー?」
「んー、今日はいつも以上に忙しかったなぁ。でも誠が待ってたなら残業なくてよかったよ」
「メッセ送っても今日は全然返ってこないからさ、実は結構心配してたんだよね。」
「あ、もしかしてそれでわざわざ休み取ってまで来たの?!」
「ううんー。まぁそれもあるけど……」
え?他に何かあるの?
と、問いかけようとした瞬間、誠が突然目の色を変えた。
ほんのりと月明かりが映る誠の鋭い目は、まるで狼のようで……そして、鳥肌が立つほど美しく、懐かしく感じた。
「どうしたの?」
「……なに?あいつ」
「え?」
「さっきからずっとこっち見てる奴がいんだけど」
誠の目線の先に視線を移す。
見覚えのあるスーツ姿の男性が、私のマンション付近に立っていた。
「あれっ?……けんっ、大城くん?!」
「お疲れ、高峯。」
大城健太郎。身長190もあるモテモテの私の同僚は、爽やかな笑みを浮かべて紙袋を渡してきた。
「これ、どうしても今日中に渡したかったんだけど、今日はお互い一日中手があかなかったろ。だからタイミング掴めなくてさ」
「これ……っ……そんな、わざわざいいのにっ」
「約束したろ」
だってそんな約束、私たちにはもう……
「……あっ、えっと、この子は……」
大城くんの目が、明らかに困惑したように誠を見つめていることに気がついて急いで口を開く。
「えっと……黒井誠くんて言って……」
あれ……なんて紹介すればいいんだろう。
こんな見るからに若い子といて怪しまれない説明……えっと……私に弟なんていないことは大城君にもう知られてるし……
「し、親戚の……」
「すごい!!キミ黒井誠くん?!ホンモノ?!わぁあ〜っ!マジかー!」
雪乃以上にはしゃぎだしたので、目が点になってしまった。
誠の警戒心MAXだった鋭い目つきも一気に変わり、面倒くさそうな雰囲気を醸し出している。
「めっちゃファンです!あっ!こないだプロデュースしてたプロテイン、僕飲み始めてますよ!」
「はぁ、どうも……」
「いやぁ〜!やっぱりいい身体してますねー!若いのにそこまでの身体作れるなんて尊敬しかないですよ!やっぱり食事にも拘ってるんですか?食事制限も絶対徹底しているでしょう?」
「……別に。俺いつも一花の料理食べてるから」
目を丸くして固まってしまった大城くん。
そして私……。
異様な空気の中、数秒の沈黙が流れた。
「あ、あれ……そういえば、なぜ高峯が黒井誠さんと?」
「そっ、それはねっ」
「俺の、世界で一番大切な存在だから」
言い訳しようとした瞬間に、誠のハッキリとした声にかき消された。
同時に、私の肩が引き寄せられ、背後から私の体を包むように両腕を回された。
「俺の、命だから」
懐かしい香りに包まれながら、誠の息が耳元にかかる。
目の前の大城くんの顔が、驚いたような表情から若干の恐怖を帯びたような表情に変わっていくのが分かった。
誠がどんな顔をしているのか、私には見えない。
「だから、邪魔しないでね。お兄さん」
ゾクッと鳥肌が立つ声色。
感じたことの無い雰囲気。
大城くんと別れたあとも、その余韻はなかなか離れなかった。
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