第20話
私はいつも、申し訳なさそうに何かを頼まれると、どうしても断れない。
「ほーんと助かりますぅ!高峯さん!ありがとうございますー!」
会社の女の子が、悩ましい笑みを浮かべて手を合わせた。
どうしても外せない用事があるから…という理由で頼まれる仕事の数は毎月30は超えている気がする。数えたことは無いが。
それから私はこの、頼られている感覚が結構好きみたいだ。
なんの取り柄も自信もないから、誰かがあぁやって私を必要としてくれるという感覚は、私にとって結構大事。
逆に言えば、断って幻滅されたくないのだ。
「はぁ……今日はやること多いし、また残業かなぁ……」
コーヒーをいれに給湯室へ向かう。
近づくにつれ、私の名前が聞こえた気がしてピタリと立ち止まってしまった。
「だからいつもどーり高峯さんに振っといたから大丈夫!」
「よかったね〜!今夜の合コンは絶対外せないやつだから!それにしても高峯さんって誰が何頼んでも絶対に断らないよね」
「うん、だってなんでも屋さんだもん!」
「みんながそう呼んでるのも頷けるよね〜。ていうか暇人なのかな?」
「まぁそんな感じよね〜。一時期は大城さんと付き合ってたらしいけど」
「はっ?!なにそれ嘘でしょ?!あの大城さんと?!」
「めちゃめちゃ羨ましいよね〜、私もあんな彼氏欲しい〜っ!」
「んじゃあ今日頑張ろ!なんたって今回相手は丹羽商事だし!」
なんでも屋さん……
そんなふうに呼ばれてるんだ私……と、なんだか自嘲気味に口角が上がってしまった。
まぁ……事実だし、仕方ないよね。
大事な用事って合コンだったんだ。
まぁ確かに若い子にとっては重要かも……
などと自分を納得させながら、空のマグカップを持ったまま戻ろうと踵を返した時だった。
ドンッと誰かにぶつかってしまった。
「すみまっ……っ!大城くっ」
「……コーヒー入れに来たんじゃないのか?」
空のマグカップと気まずそうな私に何かを察したように、大城くんは真顔でサッと給湯室に入っていった。
「っ!あっ、大城さん!お疲れ様です!」
「君たち、ここは談笑する場所じゃないぞ。早く仕事に戻って」
「「はいっ!!」」
女社員たちがバタバタと給湯室を出て、「きゃー!かっこいいー!」などと言いながら去っていくのを大城くんの背後に隠れて見送った。
「砂糖とミルク、1つずつでいい?」
何事も無かったかのように淡々とコーヒーを入れはじめる大城くん。
「あ……今日はブラックにしようかな……眠くなったら困るし」
「……高峯。いい加減、断ることを覚えたほうがいいと思うよ」
「でも私……頼られることが嫌いじゃないというか……」
「一花」
突然名前で呼ばれ、ハッと顔を上げると、真剣な表情でコーヒーを渡してくる大城くんが、こちらを見ていた。
「キミは、頼られてるんじゃないよ。舐められてるだけだ。」
「っ……!」
厳しい言葉に、少し傷ついた感覚がした。
けれどそれは真実なのだと、本当は気付いていた。
ただ私は私の心の弱さゆえに、それに気付かないふりをしていただけだったのだろう。
代わりに任された仕事の件で、夕方取引先に電話をかけると、そもそも行き違いがあり、直接の確認が必要になった。
任せてきた彼女は今夜合コンだそうだから、このことも見越して私に寄越した案件なんだろうなと心の中でため息を吐く。
まぁいいか……
私はとくに用事があるわけじゃないし……
" 舐められてるだけだ "
その言葉が何度も今日は頭をよぎったが、そんなこと考えてる場合ではない。
直ぐに行って、終わらせて帰ろう。
「大変申し訳ございません。今から私が御社へお伺いしても宜しいでしょうか?」
<いいえ、私がそちらへ伺いますよ。>
「えっ?しかしこちらの不備が招いたことなのでそれは…」
<全然大丈夫です。他にも御社で確認したいことがありましたから。大城さんはいらっしゃいますか?>
「あっ、はい……大城は確か今日は外出の予定がないので19:00までは恐らく…」
<では今から伺いますから!>
電話先の岡本さんという女性は、ものの30分もしないうちに訪問してきた。
のだが……
私は彼女に会った瞬間突然、何か嫌なことがフラッシュバックしたかのように動悸がし、呼吸が荒くなった。
なんだろう……この感覚は……
挨拶をし、名刺交換をしてからハッと気が付いた。
「はじめまして。岡本渚です」
間違いない、この人……!
岡本渚はあの日あの場所で……
キューちゃんと私を蹴り飛ばして笑ってたうちの一人だ……!
「……?高峯さん?どうかしました?書類は…」
「あっ!すみません!こ、こちらです!」
悟られないように書類を差し出し、目が合わせられずにすぐに下を向いてしまった。
私のこと……気付いてない。いや、覚えてないんだ。
そりゃあそうだろう。イジメのターゲットのうちの一人に過ぎないんだから……
「はい、じゃあ確かにこちら、承りましたので。」
「あ、ありがとうございます……担当の松田には直ぐに連絡をし、注意しておきますので。本日は御足労いただき申し訳ありませんでした」
「いえ、ついでですから。えーと……あ!いたいた!大城さん!」
彼女は大城くんを見つけると、勝手に駆けつけていってしまった。
私は内心ホッとする。
彼女が私のことを覚えていたりして変なことにならなくてよかった……と。
チラと見ると、あぁ……と納得する。
岡本渚は明らかに、大城くんに惚れていて、仕事の話をするふりをしてただ彼と絡みたかっただけなのだろうと。
ちなみにこういった他社の女性はわりと多い。
大城くんはビジネススマイルを浮かべてはいるが、どうにか早く切り上げようと誘導しているのがわかった。
「どうですか大城さん!このあとご都合良ければ飲みながらそのお話を進めません?」
「あ……すみません、生憎今日は用事がありまして……この後もまだ仕事が詰まっていて手があかないのですよ」
「あっそうなの……じゃあ明日は?!」
「明日もちょっと……えっとじゃあ、都合ついたらこちらから連絡しますから」
「それはいいですね!さっそく連絡先交換しましょう!」
やった!と小さくガッツポーズをしている岡本渚が目に入り、なんだか複雑な気分になった。
もともとこれが目的だったのだろう。
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