第16話
夢を見た。
四方八方から何かに、なぜか私はボコボコに傷つけられている。
反撃したくても、力が入らなくてできなくて……
体も心も弱っていくのを実感しながら、
ただただ私は、その時が終わるのを待った。
いつもみたいに……。
そのときだった。
ピタリとその感覚が止み、顔を上げると、キューちゃんが私を見つめていた。
いつもの丸くてキラキラしてて可愛い目で。
「キューちゃんっ……!」
周りを見渡すと、私を傷つけていた何かたちは、血まみれの肉片になっていた。
よく見ると、キューちゃんの毛や口、爪の周りにたくさんの血が着いている。
「……助けてくれたの?」
私は力いっぱい、その黒くて血塗れの体を抱き締める。
「ありがとうキューちゃん……!大好き……」
そして……
「ごめんね……キューちゃん……」
ぺろぺろと顔を舐められる。
暖かくて心地よくて……
「ふふっ……くすぐったいよ…」
「おはよう一花」
「ん……キューちゃん……」
キューちゃんが私を見つめている。
その目が、私は大好き。何よりも私を安心させる。
「…て……?……あれ…?」
ぼんやりと映ってきたのは、キューちゃんの瞳と同じ光を持った、誠だった。
寝ぼけ眼を擦る。
誠はニコニコしながら、私の顔を覗き込んでいる。
「私……寝て……っあ!今何時?!」
「まだ朝の8時だよ」
「ちょちょっと待っ!!大変!遅刻しちゃう!」
うわ!やってしまった!
昨夜マッサージされながらあのあといつのまにか寝ちゃってたんだ!記憶がないっ!
ていうか……誠はずっといたの?!
「朝ごはんできてるよ」
「えっ?!」
確かに言われてみれば……とても良い香りがする。
いや、言いたいことは色々あるけどとりあえずあとだ!!
「シャワー浴びて来るっ!」
なんだか昨日より明らかに体が軽い。
疲れというか、自分に乗っかっていた何かが少しだけ取れたみたいに。
急いでシャワーから戻ると、そこには美味しそうな朝食が並んでいて、ついヨダレが出そうになった。
「誠が作ったの?!冷蔵庫の中ほとんど何もなかったのにっ」
「朝のジョギングがてら買い物してきたんだよー。これ、俺のいつものメニュー。」
野菜と果物のスムージーに、酵素エキス入りヨーグルト、目玉焼きとアボカドの乗ったナッツぎっしりのオープンサンド。
驚くほど本格的な健康食だ。
さすが誠……!
いや関心している場合ではない。
「ありがとうっ!いただきます!!」
良い食事が身体に染み込んでいく感覚が、こんなに心地いいなんて……
感動しながらも、美味しすぎてあっという間に平らげてしまった。
そんな私の様子を、誠はただニコニコしながら見つめている。
昨日はここに泊まったんだろう。
今日大学は?!仕事は?!
いろいろと言いたいことがあったが、その暇がない。
私は急いで身支度を始めた。
「ねぇ一花。そんなに急がなくても、遅れるかもって連絡してあるよ?」
「はっ?!誰に?!」
「大城さんだよ」
「え?!?!」
いつのまに連絡先交換を?!昨夜?!
「とっ、とにかく話はまた帰ってからっ!私もう行かなきゃだからっ!朝ごはんありがとうね!鍵はポストの中に入れといて!」
「待ってよ一花。そんな急がなくてもいいでしょ?」
バタバタと家を出ていこうとする私を、誠は玄関まで追ってきた。
「そもそも本当に体調万全なの?」
「うん!誠のマッサージ効いたみたい!ありがとうね!じゃあっ」
突然、後ろからギュッと抱き締められた。
「えっ、まっ誠?!」
「今日は一花が無事に元気で、なるべく笑って過ごせますように……」
祈りを込めるように、そう耳元で呟いて、さらに少しだけ力を入れて。
「誠は……優しいね……」
初めてそんなふうに、誰かに自分のことを祈ってもらった。
こんなに暖かく、嬉しい気持ちになるんだ……
「ありがとう誠……今日も頑張るね」
振り返ると、そこには寂しそうに眉をひそめた、まるでお留守番をする仔犬のような顔をした誠がいて、思わずクスリと笑ってしまった。
「そんなにしょぼくれる?ふふ、かわいい」
「今夜は大学のあと雑誌の撮影なんだ…その後も参加しなきゃならない商品打ち合わせがあって……だからもう今日は一花に会えなくて……」
「凄いじゃん!私のことなんか気にせず、どんどん人気者になってよ!」
「でもそしたら一花に会える日が減っちゃうだろ」
「そんなことないよ。時間は作るものだもん。それに……誠がいろんなこと頑張って世間からいっぱい認められるのって、私は自分のことみたいにすっごく嬉しいの。」
「ホントに?」
誠は突然、先程の態度とは打って変わって、キラキラとした目になった。
「じゃあ俺頑張る!!」
「うん!」
単純で素直で優しくて人懐っこくて、私のことが大好きで……
そんな彼が恋人になる日は、来るのだろうか。
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