第13話

「俺以外の男と、仲良くしないで。いい?」



そう言った時の誠の笑みに、ゾクリと鳥肌が立った。


その場ではわかったと言ったものの、大城くんと行く約束をした念願のコンサートだけはどうしても譲れない。


本当は誠にこのことを言おうと思っていたのだけど、絶対にダメだとヤキモチどころの話ではなくなりそうだから、黙っておくことにした。


そんな折り、最近の仕事の忙しさと季節の変わり目のせいか、体調を崩した。


「ちょっとちょっと高嶺さん!昼までにこの資料3部ずつ作っといてって頼んだじゃないかっ!」


「あっ、すっすいません部長!今すぐにっ」


「もうこれから出先だからいいよ!古い方持ってくから!その代わり、こっちのをやっといて!俺が戻ってくるまでに!じゃっ頼んだよ!」


「はい、すみません……」


やばい……

今日は思考が回らない。

さっきからミスってばっかだ……


「高嶺ちゃん、大丈夫?なんだか調子が悪そうだけど」


「今井さん……実は朝から熱っぽかったんですが、私が抜けたら迷惑がかかりまくると思い……」


「えっ、無理して来ちゃったの?!倒れられた方がもっと困るよー!」


その声さえも、なんだかしっかりと頭に入ってこず、曖昧な返事しかできない。

上司の今井さんが、他の社員と何かを喋っているのがわかった。


ボーッとしたまま資料を読んでいると、横からスっと冷たい手が伸びてきて、私の額に触れた。


「……あちゃー。だいぶ熱ありますねこりゃ」


その声が、大城くんだということはわかった。

のだが、ダルくて顔が動かせない。


「高嶺、とりあえず今日は帰りなよ。俺これからちょうど外回りだから、送るし」


いや、さすがにそこまで面倒見てもらうわけには……と言おうとしたのだが、目の前がチカチカとしたちまち見えなくなった。

ガクッと落ちたところを支えられたところまでは感覚があり、そこから私はどうやら意識が途絶えたらしい。


気がついた時には病室のベッドの上だった。


まず目に入ったのは知らない天井で、自分の腕に点滴がされているのが分かった。


あ……倒れたんだ、私……

と理解するのと同時に、ガララっと扉が開き、焦ったような顔して入ってきたのは大城くんだった。


「っあ!起きてる!ごめん、一人にして」


「えっ、あっ、今起きたとこなんだけど……もしかして大城くん、わざわざ仕事終わらせて駆けつけてくれたの?」


「そりゃあもちろん……それより大丈夫か?一応身体に以上はないみたいだから、過労だろうって話だけど……」


少し息を切らしながら寄ってきて、また額に手を置かれた。

真剣な表情にドキリとしてしまう。


「……うん、下がったようだね。良かった。」


「ご…ごめん迷惑かけて……皆にも負担かけちゃっただろうな……」


何やってんだろう私。

いい大人が体調管理もマトモにできないなんて……


「相変わらずだな、キミは。」


「え……?」


「迷惑なんて思っちゃいないよ誰も。」


大城くんはそう言って呆れたように椅子に腰を下ろした。


「俺と付き合ってた時もよく感じてたけど、キミは人に頼るってことを、なぜか物凄くダメなことだと思ってるよね。」


何も言えなくなっている私に、彼はため息を吐いた。


「人間は、みんな誰かに頼って生きてる。気付いてないかもしれないけど。だからそれは当たり前のことなんだ。罪悪感を感じて自己嫌悪に陥って、さらにどんどん自分を追い詰めるのは自分にとっても周りにとっても逆効果だよ」


「………。」


最もなことを言われてしまったと思った。

返す言葉が見つからない。


「キミはもっと、自分に正直に生きていいよ。もっとありのままで自信を持ってさ」


自信なんて……そんなもの昔から持ったことない。

自己肯定感なんて言葉、私には無縁だ。


「本当の自分を大切にしなよ。自分を守るために。」



その後、充分体調が良くなった私は、自宅までタクシーで送ってもらった。

しかも、果物や食材を買っていて、なんと家で料理までしてくれた。


「わぁ……おいしそう。

久しぶりに食べるなぁ。大城くんの卵がゆとお味噌汁。」


「昔、一度作ったもんな。そういえば高嶺は、季節の変わり目にはよく風邪引くね」


「うーん、そうかも。大城くんは相変わらず丈夫で羨ましい」


あの時も確か、仕事中に早退して家で寝込んでたら仕事終わりにすぐ駆けつけてきて一晩中介抱してくれたな。

と、あの時と変わらない味の卵がゆを口に含みながら思い出し、心も体も暖かくなった。


「今週末までには何がなんでも全回復しないと」


「そうだぞー。念願のコンサート行けなかったら俺も泣くよ」


2人で笑いあったそのときだった。


ピンポーン


「あれ……宅配か何か?俺出るよ」


「あっ、いいよ、私出るからっ」


「ダメダメ。食事始めたばかりだろ?」


大城くんはそう言って、瞬く間に玄関へと行ってしまった。


……多分アレだろうなぁ。

コンサート仕様に買ったワンピースとパンプス。

アーティストと同じイメージカラーのものにした。

せっかく大城くんがチケットを手に入れてくれたんだから、気合いを入れないと!

その前に体調万全にしなくちゃ!


私は目の前のおかゆを口に運んだ。

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