第26話


そうして週末、さっそくネズミーランドに来たのだが……


「ねぇ一花!これなんか超〜似合うんじゃない?!ほらイイ感じ〜っ!じゃオソロで俺はコレ!」


はしゃいで勝手に派手な耳のカチューシャを付けてくる誠と並んでショップの鏡の前に立つ。


か、完全に……全身おそろい……!

これはさすがにやりすぎなんじゃ…?と思うくらい、誠は本当に全身のペアルックを一式持ってきたのだ。


「実はこれまだ世に出てない商品でさ!つまりレアものなんだよ!」


発売日がまだのものらしいし、そんなものを着てしまって大丈夫なんだろうか?と思ったが、ネズミーランドに来たらそこらじゅうの人々がカップルだろうと友達同士だろうとおそろいの格好をしていたため、すこしだけ安心はした。

とはいえ問題はそこではなく、普通に恥ずかしいのだ。


「ねぇあの人ちょーカッコよくない?」

「ホントだっ!背高〜いっ!モデルさんかな?」


時たま、このような声を耳にする。

明らかに自分ではなく隣をくっついて歩くこの男に言っていることは明白なので、一花は来てそうそう何度もため息を吐いていた。


「結局目立っちゃうんだよなー、誠はどこにいても……」


「え?何か言った?」


「もっと変装しなさいよ!って言ってんの!ほら、アンタはそっちじゃなくてこっちがいいでしょうよ!」


一花はメガネも鼻もついている面白おかしいカチューシャを取って誠につけた。

えー…などと言って鏡を見ている誠に思わず吹き出した。


「やっっば…!さすがに面白すぎる!!」


「俺がこれにするんだったら、一花もこれにしなきゃダメだよ?今日はとことん全部お揃いデートなんだから!」


頑固な誠にそう言われてしまい、うっ…と一瞬躊躇したが、まぁ逆にこれなら絶対に互いの身バレは防げるだろうし、誰も近寄ってすら来なそうだ。


と、思っていた。


しかし、いざそれを2人でつけて園内を歩いていると、そもそも目立ってしまう誠のオーラのせいで、余計に周囲から見られる羽目になっていることにわりかし早い段階で気がついていた。


とはいえ、久しぶりのネズミーランドは空間だけでテンションが上がる。

楽しすぎてそんなことは徐々に忘れてきてしまい、2人して子供のようにはしゃいでしまっていた。


「ねぇ前にいる人ってさ…なんか黒井誠にちょっと雰囲気似てない?」

「思ったそれっ!まぁでも、こんな全身ペアルックで堂々と彼女と来るとかありえないもんねw」


お目当ての新アトラクションに並んでいると、後ろからそんな話が聞こえた。

一花は昔からやけに耳がいい……と自負している。

子供の時から陰口を言われて育ったからかもしれないが、コソコソ話のような囁き声だと特に鼓膜に届きやすいのだ。


「ねぇ一花ぁ〜、次ここで期間限定のアイス食べたい♪」


「へぇ、なんかすごいメルヘンなアイスで可愛いね。まぁいいけどさー、結構買い食いしてるし今だって2種類もポップコーン食べてるのにさ、よくそんな入るよね。」


誠が嬉しそうに何かを頬張っている姿は好きだ。好き嫌いなくなんでも食べるし、しかも結構大食いなのだ。



「すみません、黒井誠さんですよね?」


外のベンチでアイスを食べていたときだ。

その言葉に顔を上げ、ついに来たと鼓動が早くなる。

食事をする時は、一時的にカチューシャを外していた。

どう誤魔化そうかと思考を巡らせていると、


「え?違いますけど?」


と、にこやかに誠が言った。


「えっ、うそっ…でも声もめっちゃ似てるし」


「うん、よく言われるんだけどね〜、黒井誠がこんな風に堂々とデートなんてしなくない?それに俺はタトゥーだってあるし、ほらここにホクロだって。ね?ははっ」


一花は驚いて誠を見た。

誠はなんと、パーカーの袖をまくって腕のタトゥーを見せつけていた。

えっ、と一花は声が出そうになった。だって、いつの間にそんな、腕に和柄なんてまるでヤ○ザみたいな刺青を?!

しかも、ホクロって……いつの間に目の下にホクロなんか書いてきたの?全然気付かなかった!


「わぁ、ホントだっ。すみません間違えましたっ!でも超似てる…」

「てかお兄さんめっちゃカッコイイですよね!一緒に写真撮ってもいいですか?」


「ごめんね、今デート中だから〜」


「いいじゃん、キューちゃん。ほら私が撮ってあげるから」


一花は誠の名前をあえてキューちゃんと呼び、写真を撮影してあげた。

女の子たちが喜んで去っていってから、意外と用意周到だった誠を褒めると、やはりしっぽを振って喜ぶワンコのように見える誠にクスリと笑った。


「にしてもビックリしたわ私。まぁそこまでイカついタトゥープリントじゃなくても良かったと思うけどね。」


「だってランド行くって言ったら柳原さんにこれ押し付けられたんだもん。」


「なるほど、やっぱ柳原さんさすが芸能マネージャーって感じ。ベテランなんでしょ?」


「うん、俺の前には駒込夏海のマネージャーやってたらしいし」


「ええっ?!」


駒込夏海というのは、明らかに大御所と言われている超大物女優だ。

やはり柳原マネージャーは只者ではない。と思いつつも、よく自分とランドへ行くことを許可してくれたなぁとも思う。


「ちょっと俺、トイレ行ってきていいー?」


「あ、じゃあ私も行くから、出たところで待ち合わせね」


女性のお手洗いは男性のお手洗いより必ず混んでいるのが常だ。

誠を待ちくたびれさせてしまっただろうと思い急いでトイレを済ませて外へ出ると、ちょうどなにかのショーが始まる時間帯なのか、多くの人が忙しなく目の前を行き来していてなかなか歩を進められないほどすごいことになっていた。

ひとまずベンチを探して腰掛けてから、誠に電話をかけようとしたときだ。


「いーちかっ♩」


その声にドキリとする。

明らかに誠の声ではない。

ずっと蓋をしていた記憶がガタガタと音を立てて溢れ出てきそうになる。


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