第12話
前世の記憶があるからだろうか?
俺は記憶力が良い。
だからきっと、勉強の成績だって良いんだろうけど、本来そんなことは俺にとってはどうでもいい。
自分の記憶力に感謝をした点は、人の顔や雰囲気や匂いといったものまで、一度記憶に刻まれれば、いつでもハッキリと思い出せる点だ。
「はじめまして!ようこそプラチナジムへ!
本日担当させていただく、黒井誠です」
「きゃぁあ〜っ、本物かっこいーっ!」
「ムッキムキで背ぇ高〜いっ!」
目の前にいる女性二人のうち一人は、間違いなく、あの時俺と一花のことを蹴飛ばした女だ。
ようやく見つけた、一人目……
西田由美。
住所を特定し、チラシをポスティングしておき、予約を優先的に弄らせてもらった。
「お待ちしてましたよ…」
つい不気味な笑い方をしてしまった気がして、急いで営業スマイルに切替える。
「では西田さんと山下さん、さっそく館内の一通りの説明と、お二人のボディーメイクプランにそったメニューを御提案させて頂きますね」
「わぁ〜♡よろしくお願いします!」
「楽しみだね〜!」
終始、ワーキャー言っているだけだったような気がするが、こんなことは慣れっこだし、そもそもどうだっていい。
終わってから、やはり俺の連絡先を聞いてきた。
ジムへの入会契約をすれば俺の連絡先も漏れなくついてくるとでも思っているんだろうか?
どうして世の中こんな女たちばかりなのだろうか。
けどまぁ……
今回は特別に教えてあげる。
西田由美は未だ未婚らしく、四六時中メッセージを送ってくるようになった。
かなり面倒臭いが、あえて無視はせず返答をしておく。
さっそく3日後に一緒にランチすることになった。
「あっ!誠くーーんっ!♡」
「お疲れ様です、西田さん」
呼び出されたイタリアンレストランで、嫌いな奴と食事をするなんて本来苦痛だが、今回は相手がこの女なわけだから、逆に少し楽しくなっていた。
なんにも知らずにべらべらと、どうでもいいことを喋っているわけだが、おかげでこいつの会社のことや、生活から家族構成、友達関係など、ありとあらゆることを聞き出すことができた。
「ごちそうさまでした、西田さん。良いお店ご存知なんですね。」
「いえいえ〜!誠くんとご飯できるなら、いつでもどこでも連れてくよ!あっ、これから大学?凄いよねぇ、K大なんて!頭も良くて見た目もいいなんて〜」
「そんなに褒めないでくださいよ。
あ、まだ時間あるので西田さんの会社の前までお送りしますよ。」
「えっ、いいのっ?!」
「はい。西田さんとのお喋りは楽しいので!」
にっこり笑うと、ポッと分かりやすいくらいに顔が赤くなった。
なるほどここか……
結構大学から近かったんだな。
それに、結構名が知れた有名企業だ。
「じゃあまたね誠くん!あっ、ジムの帰りに良かったらディナーでもどお?それか誠くんの休みの日とか、週末にどこか行かない?」
「はい、もちろん」
やったー!などと喜んでいるが、馬鹿だなぁと俺は笑顔の裏で呆れ返る。
誰がお前なんかと。
こっちは週末も休みの日もジム帰りも、とにかく時間さえあれば一花に会うんだよ!
手を振りながら建物に入っていく西田に笑顔を張りつけたまま手を振り返した。
翌々日、また西田由美から呼び出された。
あえて笑顔を張りつけて明るく登場してやると、案の定、西田は俺を見つけるなり切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。
「大変なことになったの!お願い助けて誠くんっ!!」
「どうしたんですか?」
西田の目は赤く、涙が滲んでいる。
いい気味だとつい目を細めてしまう。
「突然仕事クビになったの!」
「どうして?」
「今日会社に行ったら、なぜか周りに白い目で見られて……突然解雇だって言われてっ……」
「……へぇ…そう。」
「会社の電話がねっ、ひっきりなしに鳴っててっ……わっ、私の噂を流した奴がいるみたいなのっ!イジメで人を死なせたとかっ、若い男をよく買ってるだとかっ……社内に写真も流されてるみたいなの!それが誠くんとの写真みたいでっ……」
「…へぇ……」
「ねぇっ誠くんから直接弁明してもらえない?!私たちは仲が良くて、ただお互い好きで会ってたんだって!」
肩を掴んで必死に揺らしてくる。
それがウザったくて、俺はその手を掴んだ。
「落ち着いてください」
「落ち着いていられるわけないでしょ?!私なんにも悪いことしてないのに!どうして私ばっかりこんなっ」
「嘘はいけないよ、西田さん」
「え?」
「なんにも悪いことしてない…だって?」
西田は俺の目を見てまるでお化けでも見ているかのように微動だにしなくなった。
逸らしたくても逸らせないのか、目が合ったまま数秒の沈黙が流れた。
「……ま、全部事実なわけだし、俺は嘘なんてつけないから、弁明もできない。あんたのことなんて元々大嫌いだしね。」
絶望したように目を見開いて固まっている西田。
「ま、因果応報ってやつじゃないですかー?」
俺はフッと笑って目を細める。
お前の居場所は、もうないよ。
親にも友達にも行きつけの店にも、お前の周りの全員に、お前の悪事はばら蒔いといたからね。
ついでに、本当はいる、お前の可哀想な恋人にも。
「……あ、これ、記念に貰いますねー」
西田のバッグについているブランド物の万年筆を取った。
……なんの感情もわかないな。
むしろもう少し痛めつけても良かっただろう。
こんなの、一花の痛みに比べたら、甘すぎる。
まぁでももしかしたら……
と、絶望している西田に視線を移し、口角を上げる。
「あなたって、生きてる意味、あるんですかねー……」
分かりやすいほど大きく反応し、空気が揺らぎ、俺は笑いをこらえた。
さてあと……5人……。
俺は足取り軽く、一花の元へと急ぐ。
「いーちかっ♪」
「えっ!また来たのっ?」
会社から出てきた一花の隣にいる人物を、俺はムッと睨んだ。
なんでまたこいつがいんだよ。
元カレのくせに!!
俺はすぐさま笑顔で一花の肩を抱き寄せた。
「一緒に帰ろぉ〜♪」
「え、あ…っ」
「じゃあね、いっちゃん」
「あ、うん、お疲れ様」
涼しい顔して離れていく大城健太郎。
俺は目を見張った。
……あ?
こいつ今なんつった……?
い、いっちゃん……だと……?
「ななな何っ!?今の呼び方!一花のことそんな風に呼んでる奴いたっけ?!」
「いや…まぁ……付き合ってた時にたまにそう呼ばれてただけで……今のは間違いだと思うよ」
どこか気まずそうに苦笑いする一花。
……かわいい。
こんな表情やあんな表情をあいつに見せてきたと思うと、なんだろう。
無性に腹が立つな。
一花のことを1番よく知っていて、一花に1番近い存在は、昔からこの俺以外いてはならないのに!!
それにさっきの、ぜっったいわざとだろ!!
「……。」
「……誠?どうしたの?帰らないの?」
まさか……俺が知らない一花をあいつは知って……っ!
いや、そうだよな。
普通に考えて、一花と付き合っていたんだとしたら、そりゃあ俺が知らないあんな一花やこんな一花をさぞ堪能したことだろう。
「……許せない。」
「へっ?」
「本当にムカつくなあの野郎!」
「ちょっと、誰のこと?もしかして大城くん?」
俺はクルリと一花に向き合い、ニコッと笑った。
「……ねぇ、一花」
「っ、うん?なに…?」
「もうあいつの名前、呼ばないで。一花も呼ばせないで。」
「え?」
「俺以外の男と、仲良くしないで。いい?」
こういう感情、前世ではなかったな。
人間特有のものなのか?
こんなの、人間になってからも感じたことがない。
ただただ俺は……
不快だ。
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