第10話 真夜中の訪問者 2

「……クリスティーナ様、おはようございます」


 辺りは真っ暗だが、燭台を持ったリリアンがクリスティーナを起こしにやってきた。


「……ハゥ。今何時?」


 欠伸をしつつ起き上がると、リリアンが温かいタオルを手渡してくれた。それで顔を拭くとかなりスッキリする。


「夜中の十二時半でございます。皇帝陛下は執務を終えられて、入浴中とのことです」

「そう。毎日遅くまで大変なのね。リリアンはもう休んでいいわよ。私に付き合って起きていることないわ。いつも、遅くまで起きているんでしょ」


 仕事に忠実なリリアンのことだ、夜はヴァレンスが部屋から去るまで見守っているんだろうし、朝は侍女達が起きる早朝から起きて仕事をしているんだろう。クリスティーナとは真逆なショートスリーパーであること想像に難くない。


「クリスティーナ様がお昼寝している間に仮眠しておりますので、問題はありません」

「それこそ、横にはなっていないでしょ」

「立って仮眠できるのが特技ですから」

「それは目を瞑っているだけよ。とにかく、今日はもうお休みなさい。また明日ね」

「でも、クリスティーナ様……」


 心配でしょうがないという表情をしているが、これから部屋にくるだろう人物は、クリスティーナの夫であり、帝国有数の剣豪と名高いヴァレンスだ。刺客でもなんでもないのだが……。


「大丈夫よ。……ね?」

「わかりました。下がらせていただきますが、何かありましたらすぐに鈴をお鳴らしください」

「わかったわ」


 リリアンが部屋から下がり、クリスティーナは一人になり考える。


 そういえば、最近よく昔の夢を見るなと思っていたが、もしかしたらヴァレンスが関係しているんじゃないだろうか?


 クリスティーナは過去に一回アーツ国を訪れたことがあり、婚約式の為に二週間ほど滞在していたことがあった。七歳の時のことだから殆ど覚えてはいないが、もしかしたらその時にヴァレンスに会っているのかもしれない。そうでなければ、ヴァレンスがクリスティーナに好意を持っている意味がわからなかった。


 スタイルは第一側妃のアンナに完敗だし、綺麗系よりも可愛い系、大人っぽさより子供っぽい方を好むならば、第二側妃のジャンヌはまさに可愛くて正真正銘の子供だ。

 剣も振れなければ、人との接触を極力避けているせいでコミュ症気味。本は読むけれど、勉強するよりも寝ている時間の方が圧倒的に勝るから国政なんてチンプンカンプンだ。


 魅力的な側妃を二人も持つヴァレンスに、一目惚れされる要素を見い出せなかったから、過去に何らかの接触があったのでは?と考えたのだ。


 よし!寝たふりをしよう。


 聞いて答えてくれるかわからなかったし、ヴァレンスは言葉や態度が内面とあまりにかけ離れ過ぎているので、心の声を聞いた方が早そうだ。何より、夜中ベッドがあるような状況で、クリスティーナから触れたりなんかしたら、色々と問題が……起こったり起こらなかったりするかもしれない。最低限の覚悟は今日じゃなくても良いよね?と、ブレブレのクリスティーナだった。


 ウトウトしてきた頃、扉が静かに開いて音もなくヴァレンスが部屋に入ってきた。音がしないのに何故気がついたのか?


 圧が凄いのよ。


 無音の中に、存在感だけが半端ない。隠密には全くむかない人だ。何よりも、こんなピリピリした空気の中で、よく熟睡していられたものだと、自分の睡眠の深さに改めてびっくりだ。


 クリスティーナはベッドに横たわって目を閉じていたが、ヴァレンスが枕元に立ったのがわかった。ベッドが軋み、クリスティーナの真横にヴァレンスが座ったようだ。


 本当、何でこんなの気が付かないで寝れていたんだろう。


 顔をジーッと見られているようだが、こんなに近くにいるのに、息遣いさえ聞こえない。髪の毛に触れられた気がした。その手が髪の毛から額に触れた。


「(今日も起きているティナに会えなかった。寝顔は昔のまま、全然変わらない。可愛過ぎて……辛い)」


 昔?やっぱり出会ったことがあったんだ。婚約式の食事会にいた?元婚約者の子供は同じ席にいたけれど、ヴァレンスの父親には子供が沢山いたから、その中にヴァレンスがいたてしても誰が誰だか……いや、寝顔って言ってたから、食事会以外に会ってる筈。でも、けっこうどこでも寝ていたような気もするし……。


「(それにしても、一日の大半を寝て過ごしているようだが、本当に体調が悪いんじゃないだろうか?食事もあまり摂らないと言うし、医師が見落としている病があるのかもしれない。ああ、心配だ)」


 ヴァレンスの手がクリスティーナの首元に触れた。


 え?首を絞められる?いや、絞めてはいないな。触れているだけ?もしや、性的なアレやコレやに発展しちゃう?


 ヴァレンスが何をしたいかわからず、クリスティーナの体が硬直する。


「(脈が少し速いか?いや、正常範囲内だな)」


 健康管理をされていただけだった。ホッと体の力を抜くと、ヴァレンスは頬を撫でたり頭を撫でたりしてきた。その度に、「ティナ可愛い」「ティナ好きだ」という心の声が頭に響いて、お腹いっぱいになる。ヴァレンスの心の声は、甘いケーキを沢山食べたような気分にさせられる。


 こんな甘々な心の声を垂れ流す人が、表情は甘々とは真逆なんだからびっくりだ。


 クリスティーナは思い切って目を開けてみた。


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