第8話 二重人格? 2

 ということは、同じ血をひくこの男前な皇帝も……?


 ヴァレンスの髪の毛が後退したところを想像してみて……、何気に似合うかもしれないと思ってしまう。ハゲ方にもよるのだろうが。


 ヴァレンスの顔(というか生え際)を見て黙り込んでしまったクリスティーナを見て、ヴァレンスの表情が険しくなる。一見、怒っているようにも見えるが、その内情は……。


「(ああ!ティナに嫌われるとか耐えられない!妃の実務など、アンナが代わりにすればいいし、それこそ一日中ぐうたら過ごしてくれてかまわない。だから、俺を嫌わないでくれ)」


 ぐうたら過ごしていいの?それ、最高なんですけど!


 思わず「それでお願いします!」と言いそうになり、クリスティーナは寸でで言葉を飲み込む。心の声と会話をして良いのは家族だけだからだ。子供の頃はちょいちょいやらかしていて、気味悪げに見られたことも多々あった。


「(やばい、可愛い!クーッ、俺の理性持つかな?このまま押し倒して、☓☓を〇〇して、☓☓☓なこと……)」

「あの!」


 ヴァレンスの心の声が聞いていられないくらい破廉恥なものになっていったので、居たたまれなくなったクリスティーナから沈黙を破った。


「何だ(ティナから話かけてくれた!極秘事項でも何でも答えるけれど、知りたいことは何だ?次の軍事作戦か?それとも密売グループの内偵調査の結果か?)」


 極秘事項とやらを考え出したヴァレンスは、無意識に国の㊙情報をクリスティーナに垂れ流す。そんなことを知りたくもないクリスティーナは、慌ててヴァレンスの思考を遮った。


「婚姻の儀は終わったんですよね?」

「ああ(抱き上げたティナは柔らかくて軽くて……いい匂いがしたな。あの香りに毎晩包まれて眠りたい。いや、日中も嗅いでいたい。ティナの匂い袋を作らせようか?)」


 気絶したクリスティーナを運んでくれたのはヴァレンスだったらしい。

 ちょっと感想がアレだったけれど、そこはスルーして聞き流す。極秘事項を知ってしまうよりはマシだ。

 心の中など、けっこうみんなとんでもないことを考えているものだ。それを実行してしまうか、理性で抑えるかが重要であるとクリスティーナは知っていた。


「儀式の後に、披露宴があったかと思うんですが」

「あったな(可愛いティナを見せびらかしたかったが、独り占めしたい気もするし……。いや、やはり俺だけが見れればいい。ティナには引きこもってもらおう)。アンナが代わりに俺の横に座ったから問題ない。これからも、妃の業務はアンナに任せるつもりだ(だからティナは日がなぐうたら好きに過ごして欲しい)」

「そう……ですか」


 冷ややかな口調や険しい表情だけ見ると、新しく側妃になったクリスティーナを冷遇しているようにも思われるが、心の声を聞くとそうでないことがわかる。しかし、そのあまりのギャップに、二重人格なんじゃないかなと疑ってしまいたくなる。

 皆そこそこ考えていることは隠そうとしたり、取り繕ったりしようとするが、ここまで思考と態度が合致しない人も珍しい。


 というか、この人……私のことが好き過ぎない?え?何で?


 クリスティーナは、ヴァレンスと過ごした湖での記憶を忘れていたし、仮にその時の記憶があったとしても、そこまで好かれることをしたとも思えなかったかもしれない。クリスティーナは、触れた時しか心の声が聞こえないからだ。


「ここは妃の部屋だ。そこのベルを鳴らせば侍女がやってくる。食事は持ってくるように言ってあるが、食べたいものがあれば言いつければいい」

「私はなんでも……少しあれば」


 元から食は細いし好き嫌いもない。要望があるとしたら、いっぱい食べられないから少量でいいというくらいだ。


 ヴァレンスはクリスティーナから手を離し、ベッドから立ち上がると、射殺すんじゃないかというくらい鋭い目つきでクリスティーナを見下ろした。


「おまえはもっと食え。抱き心地が悪過ぎる」

「抱……」

「安心しろ。キスくらいで気絶する女に手を出すほど、俺は女に不自由していない」


 狼狽えるクリスティーナを見て、不愉快そうに鼻を鳴らしたヴァレンスは、吐き捨てるように言うと部屋を出て行った。


 意訳……今日は疲れただろうから、食事をしたらゆっくりと一人で寝ろ……でいいのかな?


 触ってないと心の声が聞こえてこないから、ヴァレンスの本心を汲み取るのはなかなか難しかった。

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