第9話 真夜中の訪問者
結婚して一週間、見事にぐうたらさせてもらっている。
好きな時間に食事をとってお昼寝したり、本を読んだりお昼寝したり、刺繍をしたりお昼寝したり、ちょっと散歩してお昼寝したり……つまりお昼寝が主で、隙間時間にちょこちょこ活動しているというのが生活スタイルだった。周りからは「忘れ去られた側妃」とか呼ばれているようだけれど、クリスティーナは全く気にしていなかった。
ただ、これでいいのかな?と思わなくもない。
一応……この世界において、最大の帝国であるレキシントン皇帝の側妃の一人だ。主に外交はアンナが、執務はジャンヌが行っているようだった。クリスティーナは……ぐうたらしているだけ。夜のおつとめも免除させてもらっている。と言っても別に、クリスティーナが拒否している訳ではない。やる気満々ではないが、嫁いできたからには最低限覚悟はできているし、ちゃんと教育も受けている。
それにクリスティーナに与えられた妃の部屋とは、実は正妃の部屋で、ヴァレンスの寝室と続き部屋になっていたのだ。
婚姻の儀当日は休ませてもらったが、さすがに次の日くらいには初夜になると思っていた。しかし、次の日もさらに次の日も、一週間たっても続き扉が開くことはなく、それどころかクリスティーナが起きている時間に隣のヴァレンスの部屋に部屋の主が帰ってくることはなかった。
「アンナ様やジャンヌ様の部屋は南宮と北宮にあるのよね?」
「さようです。アンナ様は騎士団本部のある南宮に、ジャンヌ様は図書館や官吏が働く官公庁がある北宮にお住まいですね」
クリスティーナが側妃になってから専属侍女になってくれたリリアンが答えた。
彼女は元アーツ国の男爵家の出身で、なんでもヴァレンスの母方の遠い親戚らしい。
「皇帝陛下は、夜は南宮でお休みなのかな?」
クリスティーナ含め三人いる側妃の中で、一番女性らしい魅力的な容姿をしているというか、ジャンヌはまだ子供だから渡りがなくても当たり前だし、クリスティーナとアンナを比べたら、それはやはりスレンダーながらメリハリボディーのアンナを選ぶだろうと、クリスティーナですら思う。
「はい?皇帝陛下はちゃんと本宮の主寝室……つまりお隣りのお部屋ですね、にお戻りになり、半時ほどクリスティーナ様の寝顔をご覧になってからお休みになっておられますよ」
「え?何それ、怖いんだけど」
クリスティーナが爆睡している間に部屋に入り、しかも涎を垂らし放題の寝顔を三十分も眺めているとか、そんな無駄な時間を使うくらいならば、早く寝た方が健康にも良いんじゃないだろうか。
「そうですね。あんなに寝顔をガン見なされて、クリスティーナ様が万が一目覚めたらと諫言させていただいたんですけれど、全くクリスティーナ様が起きる気配がないものですから調子に乗られたようで、日に日に時間が延びていって。もちろん、手を握ったり、顔に触れる以上のことは許しておりませんから、ご安心ください」
「触られてるの?」
それでも起きないのかと、自分のことながら呆れていると、リリアンは申し訳ありませんと頭を下げた。
「いや、リリアンが謝る必要ないでしょ。それに、皇帝陛下は私の夫なんだから、別に部屋に入ってもらってもかまわないのよ」
「クリスティーナ様は皇帝陛下が恐ろしくはないのですか?大抵のご令嬢は皇帝陛下に目を向けられただけで、恐怖で震えますよ」
確かに、あの冷ややかな表情に口数少なくぶっきらぼうな物言いのヴァレンスしか知らず、心の声が聞こえていなければ、怖くてとっつきにくい人間だと思ったかもしれない。
「怖くは……ないわね」
「まあ!私、てっきりクリスティーナ様は皇帝陛下のことを怖くて嫌ってらっしゃるのかと」
「え?!何で?別に嫌いじゃないわよ。嫌いになるくらい知らないということもあるけれど」
「そうですか、それならば良かったです」
リリアンは、心底ホッとしたようだった。リリアン的にも、あまりに夫婦らしくないヴァレンスとクリスティーナの関係に、悩むとまではいかないが、このままで良いのかと考えなくもなかったからだ。
リリアンをわざわざクリスティーナ付きにしたのも、夜中にそっとクリスティーナの寝顔を見に来るのも、ヴァレンスがクリスティーナを大切に思っているからだろうとは推測できたが、あまりに言動に表れないからわかりにくかった。起きているクリスティーナに対するヴァレンスの態度だけ見れば、クリスティーナが嫌われてると勘違いしてもおかしくなかったということもあった。
「私、今日頑張って起きていてみようかしら」
「皇帝陛下がいらっしゃるのは深夜一時過ぎですが」
「お昼寝しているから、起きていようと思えば起きていられるんじゃないかな。それか、今から寝て十二時くらいに起こしてもらう?」
ちなみに、今はお昼寝から起きてティータイムの最中だ。クッキー一枚ですでにお腹はいっぱいだし、温かい紅茶でお腹も温まり、すでにウトウトしてきている。
このよく寝る体質は、実は精霊力と関係があり、能力により体力の回復の仕方は様々だった。クリスティーナは睡眠、兄アレクは大食、他には食事でも甘味に限られていたり、瞑想であったり、飲酒なんてものも記録に残っていた。
クリスティーナはぐうたらと表現しているが、必要不可欠なぐうたらなのである。
「今起きたばかりですが、もうお休みになれるんですか?」
「余裕よ。なんなら、ベッドじゃなくても、座ったままでも寝られるわよ」
「いえ、寝るならベッドでお願いします。それと、歯磨きもしてから」
「はーい」
クリスティーナは良い返事を返すと、さっそく寝支度を整えてベッドに潜りこんだ。
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