第7話 二重人格?

「何事?!」


 ガバッと起き上がったクリスティーナは、今の状態が理解できずに辺りをキョロキョロと見渡した。


 天蓋付きのベッドに横になっていたようで、見覚えのない部屋に戸惑いしかない。全体的に白い家具で統一され、壁紙は目に優しいペールグリーンで、落ち着いた中に女子っぽい可愛らしさがある部屋だった。

 婚姻の儀の前に滞在していた客間とも違う……、婚姻……、婚姻の儀はどうなった?!


 顔面の血がサーッと引いていくのを感じる。婚姻の儀を終わらせた記憶がない。


 いや、あれは夢?もしかしてまだ婚姻の儀は始まってない?だよね、皇帝陛下がブチューってキスなんかする訳……。


 クリスティーナは、恐る恐る上掛けをめくって自分の衣装を確認する。


 ゆったりとした白いネグリジェを着ており、夢で見た綺麗な白いドレスではなかった。それにホッとするが、左手の薬指を見てギョッとする。見覚えのありまくるゴージャスな指輪がはまっているではないか。婚姻式で皇帝陛下が自分の手にはめてくれたまさにあの指輪が、クリスティーナの華奢な指に存在感アリアリではまっていた。あの時は手袋の上からはめたが、今は素手にはまっている。


「これは……どっち?」

「何がどっちなんだ」


 いきなり低音が響き、クリスティーナはまさに字の通り飛び上がった。そのまま声から遠ざかるようにベッドの端まで飛び退る。


「身軽だな、おい」


 それは自分でもびっくりです。


 なるべくぐうたらしていたいクリスティーナは、運動もほとんどしていないから筋力など皆無だ。スレンダーな体型をキープできているのは、食が細いせいと、基礎代謝が異常に良いせいだろう。そんな自分がこんなに機敏に動けたことに、自分でも驚いてしまう。


 しかし、驚いている場合じゃないことは明らかだ。目の前にいるのはレキシントン帝国の皇帝ヴァレンスであり、その紺色の礼服は婚礼の儀で見たそのままだったから。

 ということは、夢でもなんでもなく、クリスティーナは婚礼の儀のファイナル、誓いのキスの真っ最中に気絶をしてしまったということだろう。


 クリスティーナは、正座をした体勢のまま頭を深く下げた。


「大変申し訳ございません!大切な婚礼の儀を台無しにしてしまいました」

「はぁ……体調管理もできないとはな」


 その冷ややかな声に、クリスティーナはヴァレンスが冷徹陛下と言われる所以を思い出す。戦場でのヴァレンスは、血の繋がった兄弟姉妹にも躊躇うことなく剣を振り下ろした。その剣筋には一切の情は見られず、冷淡な表情も崩れることなく切り捨ててきたことから、「血塗られた冷徹陛下」と呼ばれるようになった。


 ヴァレンスは部屋の中に大股で歩いて入ってくると、今までクリスティーナが横になっていたベッドに腰を下ろした。いきなり近くなった距離に、クリスティーナは恐怖からさらに下がろうとしてベッドから落ちそうになる。


「ウワッ……」

「鈍臭い奴だな(落ちなくて良かった。ベッドには柵が必要か?ティナが怪我をする前に手配するか)」


 ベッドから落ちそうになったクリスティーナにヴァレンスが手を伸ばし、力強く引き戻された。その際、冷ややかな口調とは裏腹の心の声が聞こえてきた。


「え?」


 驚いてバランスを見上げると、ヴァレンスの冷ややかな視線とかち合う。引き寄せられた腕は握られたままだ。


「体が弱いとは聞いていなかったが、よく気絶するのか?(帝国一の医師と薬師を招集しよう。それと、病気の研究機関を設立し、どんな病気にも対応できるようにしないと。ティナに万が一のことがあってから後悔しないように。なんなら、世界全土を掌握し、各国から優秀な医師を……)」


 なんか、たかだか気絶から、全国統一へ話が進んでいるのは気のせいかな?あと、体が弱いというか、いつも寝ているから体が弱い説が広まっただけで、クリスティーナは今まで風邪一つひいた経験はない。


「いえ、初めてです」


厳しい表情に冷淡な口調を目の前に、頭に流れてくる過保護なまでにクリスティーナを心配するヴァレンスの心の声はあまりにギャップが激しく、クリスティーナの中で整理が追いつかない。


「持病は?(気絶するくらいの大病を患っているのか?ああ、心配だ)」

「ないです」

「じゃあなんで……(まさか、俺と結婚するのが嫌で気絶を?!もしかしてだが、元婚約者である第二王子を俺が殺したからか?知らない間に、二人に絆が生まれていたとか?!あんなハゲデブが良かったのか?!)」


 何でかはわからないが、ヴァレンスの心の声は他の人の考えてを読み取るよりもうるさく感じた。頭が良いからなんだろうが、考える速度が速くて、二倍速のような感じで頭にヴァレンスの声が響いてくる。

 キスをして気絶したのも、キスをされたショックよりも、その際に飛び込んできたヴァレンスの心の声の多さに頭の中がパンクしたからだった。

 それを素直に告げることはできないが、変な勘違い(元婚約者云々)は解いておきたい。ハゲデブはタイプではないということだけでも、しっかり伝えなければ。それにしても、元婚約者とは婚約式以来なんだかんだ理由をつけて会うのを避けていたのだが、会わなかったうちにハゲていたというのは衝撃の事実であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る