第18話 大事にしたいから(ヴァレンス視点)
「クリスティーナ……」
ヴァレンスは初恋を拗らせていた。
幼少期、ヴァレンスは第五王子でありながら、母親の身分の低さから周りからその存在を軽視され、また父王から愛されることのなかった母親からも、「あんたなんか生まれなきゃ良かったのに」と言われて育った。そんな誰にも必要とされない子供が腐らずに成長できたのは、クリスティーナとの偶然の出会いのおかげだった。その際に交わした普通ならばなんということのない会話が、ヴァレンスの心をすくい上げ、それからも救いとなったのだ。
淡い初恋というには、ヴァレンスの心の中にクリスティーナとの出会いは色濃く残り、神聖視していた部分もあったかもしれない。ヴァレンスにとってクリスティーナは唯一無二の存在で、自分の欲なんかを押し付けて良い相手ではなかった。
でも、もし、クリスティーナもヴァレンスとの夫婦としての関係を考えているのなら、ヴァレンスは下手に我慢する必要はないのでは?……そんな考えがヴァレンスの頭に浮かんだ。
ヴァレンスがジリジリとにじり寄ると、クリスティーナはベッドの端ギリギリまで後退った。そしてクリスティーナに手を伸ばそうとヴァレンスが手を差し出すと、クリスティーナは身体を固くして目をギュッとつぶった。その姿を見て、ヴァレンスは差し出した手を下げる。
「おまえはゆっくり休め。俺は仕事に戻る」
目を開けてキョトンとした表情のクリスティーナに、ヴァレンスは淡々と告げた。
ヴァレンスはクリスティーナの私室から内扉を使って自分の部屋へ戻ると、崩れ落ちるようにソファーに座った。
……危なかった。理性が飛ぶかと思った。
三人も側妃がいるヴァレンスであったが、女性経験は皆無であった。
王位につき、皇帝になってからハニートラップがなかった訳ではない。しかし、どんな女性にも興味はわかなかったし、正直それどころではなかった。今だって、クリスティーナ以外の女性ならば、目の前で裸で迫られたとしても、スルーできる自信がある。
しかしクリスティーナは駄目だ。我慢できる気がしない。実は婚姻の儀の時も、誓いのキスは額にしようと思っていた。しかし、ベールを上げたクリスティーナがあまりにも可愛くて、ガッツリキスしてしまった。
それによりクリスティーナの失神事件が起こり、ヴァレンスは反省すると共に、トラウマを抱えてしまった。
クリスティーナを大事にしたいという思いが強過ぎて、夫婦になったというのに、手が出せなくなってしまったのだ。
ヴァレンスは、クリスティーナの私室と繋がる扉を見つめて、額の皺を深くした。さっき、無意識に内扉を開けて自分の部屋に戻ってしまったからわかったのだが、クリスティーナは内扉に鍵をかけていなかった。
なんて無防備なんだ!
鍵がかかっていたら、それはそれでショックなんだろうが、開いているとわかってしまったら、扉を開けたくなるじゃないか!
これから毎晩、内扉の前で悶々とする自分の姿が容易に想像でき、ヴァレンスは頭を抱えたくなる。
戦であれば戦術をたてたり、それこそ真正面から斬り合ったりと臆することなく戦えるが、恋愛について経験のないヴァレンスは、何をどう始めれば良いのか、どうすればクリスティーナに受け入れてもらえるのかわからなかった。
しかしヴァレンスには悩んでいる時間もない。取りあえずは解決できる問題から取り組まなければと、重い腰を上げて私室を後にした。
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