第17話 侯爵令嬢のお茶会 4

「それにしても、さっきは笑えたわ。あなたの妖精姫ちゃん、居心地悪く敵陣の中にいるのかと思いきや、まさか招待者席に陣取って、カトリーナを末席に追いやっているとは思わなかったから」

「そうだな(俺のティナは、見た目通りのか弱いだけの女じゃないからな。度胸もあれば、行動力もある。少し向こう見ずな面がなきにしもあらずのようだが)」


 ヴァレンスは愛おしそうにクリスティーナを見つめ、珍しく目元を緩めた。


「気持ち悪い。あなたもそんな風に笑えたのね」

「失礼だな。俺だって笑うこともある(こんなに愛らしいティナを見たら、誰だって顔がニヤけるに決まっているじゃないか)」


 人がいなくなったからか、アンナは砕けた喋り方をしており、皇帝と側妃というよりも、同性の友達のような気安さを感じた。二人の間に甘々な雰囲気は皆無で、アンナの口調からは友達の恋路をからかっているような様子さえ伺えた。

 ヴァレンスから伝わってくるアンナへの感情も、恋愛感情というよりは友情や信頼の類のものに近かった。


「それにあんなに短時間で、ミューゼオの派閥に入っていない令嬢を選び出せるなんて、可愛らしい見た目でなかなかやるじゃない」

「全くだ(ティナは、精霊の生まれ変わりなんじゃないかな。いや、精霊に勝る可愛さだ。ティナを娶ることができた俺は最高に幸せ者だよな)」


 クリスティーナは、ウトウトと半分眠りながら、ヴァレンス達の会話を聞いていた。ヴァレンスの声は耳に心地よくて、しかも聞こえてくる心の声は甘いデザートのようで、幸せな気分になる。


「私は南宮に戻るわ。今度、あなたの妖精姫ちゃんとお茶をする機会を作ってね。ジャンヌと三人で話がしてみたいわ」

「そうだな」


 あっさりとした別れの挨拶でアンナは一人南宮へ向かい、ヴァレンスはクリスティーナを抱いたまま本宮のクリスティーナの私室へ足を運んだ。


「……ヴァル」


 ベッドに下ろされた時、クリスティーナはうっすらと目を開いた。


「起きたか」


 ヴァレンスは、クリスティーナのベッドの横に腰を掛け、クリスティーナの髪の毛を整えた。


「お茶会は?……途中退席になっちゃったけど大丈夫かな」

「ああ。おまえはうまくやった(上出来過ぎるくらいだ。これからはティナが本宮の管理をすると知らしめることができたし、侯爵令嬢からの婚約打診を断っていることも広まれば、ミューゼオ侯爵に肩入れする貴族も減るだろう)」

「なら良かったわ」


 クリスティーナは大きく欠伸をして上半身のみ起こした。寝ていて良ければ寝てしまいたいが、本宮の管理をすると言ってしまったからには、少しは勉強しないといけない。元が王女だから、全くの無知というわけではないが、本宮のミストレスとして采配をとるとなると、知らないことが沢山あるだろう。


「ねえ、本宮の采配を教えてくれるような教師を付けて欲しいんだけれど。」

「勉強……してくれるのか?(ぐうたら命のティナが、俺の為に勉強?聞き間違いじゃないよな?)」

「しない訳にいかないじゃない。できれば寝ていたいけど、最低限の義務くらい果たさないと安眠もできないし」


 あまり表情の変わらないヴァレンスであるが、心の中ではクリスティーナの言葉に大興奮だ。


「すぐに手配する。(侍従長……は年寄りだが男だから駄目だ。侍女長はミューゼオ侯爵寄りだし。そうだ、ジャンヌが適任じゃないか?知識だけならば、あいつに敵う奴はいないしな)どうせなら、おまえが指名した二人の補佐役も一緒に学ばせよう」

「ああ、勝手に指名しちゃったけど大丈夫かな?彼女達の意見も聞いてないのに」


 黒髪のサーシャからは清廉なイメージを、茶髪のハンナからは何にでも興味津々なイメージを受けた。クリスティーナに対する悪意はなかったものの、やっかいな仕事を押し付けられたと思っているかもしれない。


「もし彼女達に断られたら、文官をつけるから問題ない(常に一緒にいる補佐役は、男の文官よりもできれば彼女達にお願いしたい。じゃないと、心配で仕事が手につかなくなるかもしれない)」


 心配って、何を心配する必要があるだろう。


「(ティナはこんなに可愛いんだ。側にいたら絶対に好きになるに決まっている。もしティナの方もそいつを好きになったら……。決闘だな。斬り刻んでやる!)」


 ヴァレンスは継承争いの戦でも常に先陣に立ち、兵達を薙ぎ払って兄弟王子達を容赦なく斬り殺してきたので有名だ。情け容赦なく剣を振るう様子から、戦場の悪魔、血塗られた皇帝などと呼ばれて恐れられている。そんな剣豪としても名を馳せるヴァレンスと、頭でっかちで勉強ばかりしてきた文官が決闘するとか、結果は火を見るより明らかだ。

 第一、クリスティーナの補佐役をサーシャ達が断るかどうかもわからず、代わりの文官を探さないといけない状況でもないのに、ヴァレンスの頭の中には、架空の恋敵(補佐役となる文官がクリスティーナに惚れるのは決定事項らしい)と決闘して勝利する姿が思い描かれていた。その決闘の描写がかなり本格的というか、まさに血塗られた皇帝そのもので、クリスティーナはドン引きである。


「ヴァル、補佐役は断然女性がいいと思うの。ほら、私は一応あなたの側妃な訳じゃない?男性を側に置くのは体裁が悪いわ」

「一応?(一応も何も、俺の妃はティナだけだ。アンナもジャンヌも偽装結婚だし、ジャンヌはもちろん今まで夫婦としてアンナに触れたことはない。これから先も、あの二人とは契約通り白い結婚を継続するつもりだ)」


 白い結婚? 白い結婚とは、身体の関係を持たないというもので、五年間白い結婚が証明されれば、無条件で離婚できるし、離婚歴もつかない筈だ。

 でも、それでいったらクリスティーナとヴァレンスだって白い結婚だ。契約結婚ではないが、いまだに婚姻の儀にしたキス止まりなのだから。


「いや、一応……じゃない?婚姻の儀は済ませたし、書類上は夫婦にはなったけれど、ほら、まだ……ね、ちゃんとした夫婦ではないから」


 別に、夫婦の営みを積極的にいたしたい訳ではない。あくまで一般論として言ってみただけだ。


「クリスティーナ……(これは誘われているのか!?ティナの気持ちが俺に向くまで無理強いはしないと決めていたが、我慢しなくて良いなら、今すぐでも俺は……)」


 今すぐはちょっと……。


 ヴァレンスがジリジリとにじり寄ってきて、クリスティーナはベッドの端ギリギリまで後退る。


 いきなり初夜!?



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